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おまけSS ニューヨークからの使者(5)

「はあ?」  高山が怪訝そうな表情を浮かべる一方、ウィリアムは正座を崩して、侑人の顔を見やる。 「ケンジは会うたび会うたび、『俺の恋人は可愛いんだ』ってノロケ話ばかりでした。そしたらいつの間にか指輪してるし、でも肝心のお嫁サンは家にいないしで――どういうことかなあと思ってたんですよ」  ゆっくりと告げられた言葉に、侑人は目を瞬かせた。もしや、と高山とも顔を見合わせる。 「じゃあ、もしかして最初から」 「相手はユウトなんだってすぐ気づきました。で、確かめようとしたら、昨日はケンジに止められて」  それを聞いてハッとした。確かに、高山とウィリアムが英語で会話を交わしていたことがあった。  侑人には何を話しているかわからなかったが、今になって合点がいく。 「高山さん……」  高山の心遣いにまた胸を打たれる。侑人が見上げれば、高山はバツが悪そうに頭を掻いていた。  そんな二人のやり取りに、ウィリアムは目を細めて続ける。 「ユウトの気持ちも知らずにごめんね。でも私は、もっと堂々としてればいいのにと思っただけなんだ。……だって勿体ないじゃない? 二人はお似合いのパートナーなんだし――こうして見ているだけでわかるもの」 「………………」  言ってしまえば、個人の考え方や文化の違い。それだけの話だが、そのウィリアムの言葉はどこか心に響くものがあった。 (お似合い……俺もそんなふうに思えたら)  何にしたって、人の性格なんて今さら変えようがないのだし、社会が変わらぬ限り、漠然とした生きづらさはどうしようもないことかもしれない。  ただし、自分の中で〝ものの見方や考え方〟を変えることはできるはずだ。  そう気づきを得ると同時に、なんだか少しだけ視界が開けた気がした。 「だからってなあ、他人の――」 「ありがとう、ウィリアムさん。そう言ってもらえて嬉しい」  高山が何か言うよりも早く、侑人は口を開く。  はにかみながらも素直な気持ちを伝えると、ウィリアムもまた返事をして笑みを深めた。  が、次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように、 「ところで、すき焼きは?」 「えっ……」  ウィリアムはすっかりいつもの調子に戻っていた。  その切り替えの早さに苦笑しつつ、侑人は高山とともに夕食の支度をしたのだった。     ◇  後日。侑人がリビングのソファーに寝転がっていると、通りがかった高山が上から覆い被さってきた。 「高山さん、重い……っ」 「んー? 何見てたんだよ?」 「あっ、ちょっと!」  侑人は手にしていたものをパッと奪われてしまう。それは、英会話教室のパンフレットだった。 「なになに、『日常会話からビジネス英語まで、英会話を基礎から学びたいあなたへ』? ……こんなの見て、急にどうしたんだ?」  パンフレットに目を通しながら、高山が問いかけてくる。侑人は一瞬言葉に詰まったものの、正直に答えることにした。 「高山さんが海外転勤になったら、俺も英会話くらいできないと困るだろ? 今の仕事はリモートで続けるつもりだけど、それにしたって日常会話は必要になってくるだろうし……」  気恥ずかしげに言うと、高山が目を丸くしたのがわかった。かと思えば、フッと笑みを浮かべて頭を撫でてくる。 「でた、生真面目なヤツ」 「なんだよ、茶化すなっての」 「いや? そういったとこ、尊敬するって言ってるんだ」  高山はそう言って額に口づける。そのまま抱きしめられ、侑人はほんのりと頬を赤らめた。 「高山さんでも、俺のこと尊敬するんだ?」 「ああ。いつも尊敬してるよ」 「じゃあ……」 「ん?」 「ううん。やっぱ何でもない」  高山の背に腕を回しながら、小さく呟く。  当然、高山は気になって仕方なかったようだが、こればかりは言えるはずもない。 (あんたのパートナーとして、今よりもっと見合うようになるから見ていて……だなんてさ)  ゲイセクシャルであることをオープンにするとかしないだとか、それよりも話は簡単で――ただ相手と想い合い、その隣で胸を張って自分らしくありたい。  侑人は決意を新たにし、目の前の大きな体を抱きしめたのだった。

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