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おまけSS ニューヨークからの使者(4)

 途端に接触をやめ、ウィリアムが顔を覗き込んでくる。ゆっくりと口を開いて、諭すように問いかけてきた。 「どうして、今まで黙ってたの?」 「そ、それは……俺が、人の目ばかり気にする意気地なしだから」  侑人はそう答えて、そっと目を伏せた。  ふとしたときに、どうしようもなく思うのだ。こんな自分が高山の隣にいていいのか、と。  卑屈でままならぬ思いに、嫌気がさすこともある。高山の優しさに甘えている自覚だってある。ただ、それでも――、 「だけど……これでも、健二さんのこと本気で好きだし。誰よりもずっと愛してるからっ」  懸命に言葉を紡ぎながらも、みっともなくて涙がこぼれ落ちてしまう。自分の中にある弱さがひたすら憎かった。  けれど、もう後戻りはできないし、するつもりもない――高山の隣にいられるのが何よりも幸せで、ともに生きていく未来を誓ったのだから。それだけは、どうしたって揺るぎようがない。  ウィリアムはしばらく黙り込んでいたが、やがて「ごめん!」と慌てて声をかけてきた。 「泣かないで、ユウト! ああ、まさかそんなナーバスだったなんて……私ってばつい調子に乗りました! このとおりだから許して!」  先ほどまでとは打って変わって、ひどく狼狽している。侑人は空気の変わりように戸惑った。 「え、ええっ?」 「ごめん、ごめんなさい! 私がユウトに本気で何かするなんて、ありえないよお!」  ウィリアムはなおも英語で謝りながら、侑人の背中を撫でてくる。ウィリアムの言動は理解し難いが、そこによこしまな意思は感じられなかった。 「あの、わかりましたから……ウィリアムさん」  侑人はおずおずと身を離そうとするも、やはり力強くて敵わない。  手を焼いていると、まさに嫌なタイミングで玄関のドアが開く音がした。 (ちょっ!?)  続けて聞こえてきたのは、もちろん高山の声。  侑人はぎょっとして、ウィリアムのことを押し退けようとしたのだが――すぐに足音が近づいてくる。  リビングに入ってきた高山は、目の前の光景にショックを受けたようにみえた。が、即座に血相を変える。 「お前っ!」 「わあああーっ! ちょっと待って、高山さん! きっと誤解、誤解だからっ!」  今にも掴みかからんばかりの勢いに、侑人は慌ててウィリアムを庇った。  その後も何やかんやあったものの、ことの経緯を話し、なんとかその場を収めるのだった。 「――で? 侑人に迫った挙げ句、泣かせたって言うのかよ?」 (いや、何この状況っ)  そうして現在。侑人は高山の膝の間に座らされ、背後から力強く抱きしめられていた。高山にしては珍しくピリピリとしたものを感じる――というか、「俺のものに手を出すな」と言わんばかりの抱擁っぷりである。 「しかも痴漢とか……ああー、今すぐ上書きして消毒してやりたい」  高山はそう呟くなり、侑人の首筋に頭を擦りつけてくる。  その向かいで正座させられているウィリアムは、呑気にも笑っていた。 「不届き者もいるもんだねえ。ケンジなら絶対に、相手の手首を捻り上げてたと思うよ!」 「お前が言うんじゃねえよ。痴漢されたあとだってのに、余計に怖い思いさせやがって……」  高山に凄まれ、ギクリとした表情を見せるウィリアム。眉根を寄せると、飼い主に叱られた犬のようにしょんぼりとした様子で呟いた。 「ううっそうだよね……ごめんよ、ユウト。あれはほんの出来心だったの、許してくれる?」 「あ、はい。実際大したことされてませんし、もう謝らなくて大丈夫ですよ」 「おい。侑人が許しても、俺は許さねえからな」 「……高山さん、俺もそこまでヤワじゃないんだけど」  当人の返事を差し置いて、高山がきっぱりと言い放つ。ウィリアムはぷくっと頬を膨らませた。 「もうっ、ケンジは私のタイプ知ってるでしょ!? 残念ながら、ユウトには勃起しません!」 「!?」  包み隠さぬ爆弾発言に、侑人は目を見開いて固まってしまった。高山も一瞬固まったものの、すぐに苦々しい表情になる。  ウィリアムはそんな二人の様子に構わず、さらに言葉を続ける。 「私もゲイですが、《ゲイベアー》しか興味がありません。もっと素朴で毛むくじゃらで、ずんぐりむっくりした子をファックしたいよ!」  頭上からため息が聞こえる。侑人は小声で高山に声をかけた。 「……ウィリアムさんって《熊専》なんだ?」 「ああ、それも本場のな。体毛がないと駄目らしい」  と、言葉を交わしたところで、どうやら聞こえていたらしいウィリアムが会話に割り込んでくる。 「そう、アジア人は体毛が薄いのが残念。でも、日本の《ハッテン場》にはちょっと興味があります! ご存知でしたら――」 「いい加減にしろ、ウィリアム。つーか……それなら、なんで侑人にちょっかい出すような真似したんだよ」  暴走気味のウィリアムをたしなめつつ、高山が問いただす。ウィリアムはあっさりと答えた。 「それはユウトがあまりにシャイで、ヤキモキしたからだよう」

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