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おまけSS ニューヨークからの使者(3)

「ユウト、奇遇ですね!」  声の主は、昨日知り合ったばかりのウィリアムだった。ウィリアムは隣までやって来ると、侑人の肩を抱き、さりげなく自分の方に引き寄せようとする。 「大丈夫?」  内緒話でもするかのように耳元で問いかけられ、侑人は小さく頷いた。周囲に気づかれたと察するなり、痴漢の手は離れていく。  侑人はウィリアムに促されるまま、次の駅で一度降りることにした。ホームのベンチに腰掛けて、やっと人心地つく。 「すみません、ウィリアムさん。助かりました」 「そんな大したことしてないよお。情けは人の為ならず、ってね!」  日本のことわざ合ってますか? と問われ、侑人は笑いながら頷いた。 「ええ。でも、そう言わずにお礼させてください。少しお時間いただけると嬉しいんですけど……あ、そうだ」 「?」 「よかったら、またウチにいらっしゃいませんか? 今夜は俺が夕飯作るんで、ぜひご馳走させてくださいよ」  そんなふうに持ちかけると、ウィリアムはさも嬉しそうに瞳を輝かせた。 「いいんですか!?」 「もちろん。ウィリアムさんがよければですが」 「ああっ、日本の食卓で家庭料理が食べられるなんて光栄です! ユウトは何を作りますか!?」 「一応、すき焼きの予定でいるんですけど」 「すき焼き……っ!」  ウィリアムは感極まったように声を震わせ、口元を両手で抑えた。アメリカ人らしいオーバーなリアクションに、侑人はいささか苦笑してしまう。 「あはは、ご期待に応えられるかはわかりませんが」 「いいえっ、ぜひご相伴にあずからせてください!」 「……ウィリアムさん、結構難しい日本語知ってるんですね」  そうこうしているうちにもホームにアナウンスが流れ、再び電車に揺られること数分。  自宅の最寄り駅に着くと、スーパーマーケットで買い物を済ませてから帰宅した。  侑人はキッチンに立って、早速夕食の準備に取りかかる。とはいっても、食材の下ごしらえ程度で、さほど手間はかからないのだが。  かたやリビングでは、ウィリアムがテレビを見ながらくつろいでいた。時折、こちらに視線を向けてはニコニコとしている。 「高山さんが帰ってきたら作り始めるんで、先に飲みませんか?」  侑人は缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、ウィリアムの隣に腰を下ろした。ウィリアムは喜んでそれを受け取り、二人で乾杯をする。  陽気な性格をしたウィリアムは、とにかく話題が豊富だった。仕事に趣味の話、日本に来て驚いたことなど、話は尽きることがない。  侑人は相槌を打ちながら聞き役に徹していたのだが、不意にじっと見つめられ、思わずドキリとしてしまった。遅れて笑顔を返すも、ウィリアムはいたずらっぽく目を細めてみせる。 「ユウトはシャイだねえ」 「そ、そうですか?」 「そうだよ。――ほら、電車のときだって。なんで何も言わなかったのかな~ってすごく疑問に思う」 「……言えるわけないじゃないですか。何かの間違いかもしれないし」 「実際、間違いじゃなかったでしょ?」 「でも俺、女じゃないし。男同士であんな……とか、わかってもらえなさそうだし」  口ごもりながらも言葉を返す。そんな侑人の様子に、ウィリアムはうーんと唸ってから、ビールをまた一口飲んだ。 「そんなだと、悪い男につけこまれるよ?」 「え……」  静かに発せられた声。ウィリアムは侑人の手から缶ビールを取り上げると、そのままソファーに押し倒してきた。 「ね? こんなふうにさ」  こちらを見下ろしながら、ウィリアムが妖しく微笑む。  侑人は予期せぬ事態に頭が真っ白になった。が、ウィリアムの綺麗な顔が近づいてきて、すぐに我に返る。 「なっ、何してるんですか!」  押し退けようと試みるも、体格差があって抗えない。それどころか、両手を掴まれて動きを封じられてしまう始末だ。 (嘘だろ、ウィリアムさんまで……っ)  やむなく顔を背けるのだが、ウィリアムは構わず迫ってくる。 「ユウトのほっぺ、モチモチで気持ちいいね。肌もすっごく綺麗」  まるで、大型犬にじゃれつかれているみたいだった。こちらの肩口に顔を埋め、しきりに頬ずりをされてしまう。 「っ、やだ……ウィリアム、さ」  ウィリアムはこちらの反応を気にもとめず、頬から首筋へと唇を這わせていく。  さすがにこれ以上は看過できない。侑人はぎゅっと目をつぶり、大きく声を張り上げた。 「俺、健二さんと結婚してるんですっ!」  自分でも驚くほどの大声だった。

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