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おまけSS 自己満足のプレゼント
(こういったの贈ったら、瀬名はどんな顔するんだろうな……)
ハイブランドのスーツ店。そのショーケースを前に、高山は頭を悩ませていた。
というのも、大学を卒業した侑人に、何かしらのプレゼントをしようと思い立ったのだが――セフレという間柄、なかなか踏ん切りがつかないのだ。
侑人との関係が始まってしばらく経つ。きっかけは勢いだったとはいえ、それからずっと続いて六年目に差し掛かっていた。
必要とされているのは間違いない。だが、そこに何かしらの真意があるかと問われれば、答えはおそらくノーだろう。
「………………」
小さく息をついて、ショーケースの中から一本のネクタイを手に取る。
セフレである以上、あまり大仰な贈り物はできない。しかし一方で、今の関係がいつ終わるかわからないからこそ、特別なものを贈りたいという感情もあるわけで――まさに堂々巡りだ。
そうして時間は過ぎ、高山はやっとのことで店員に声をかけたのだった。
◇
数日後の夜、ラブホテルの一室にて。
いつものように情事に耽り、事後処理をした後のことだ。
「ごめん、飛んでた……」
侑人がベッドの上で気怠げに身を起こし、高山に声をかけてくる。
高山はちょうどシャワーを浴び終え、バスローブを羽織っているところだった。
「いいよ、疲れてたんだろ? 今日は泊まってったらどうだ?」
「いや、俺もシャワー浴びて帰る。また連絡するから」
「そうか。じゃあ、帰る前に――これ」
通勤鞄の中から小さな包みを取り出し、侑人に手渡す。侑人は怪訝そうに首を傾げた。
「何これ?」
「やるよ、瀬名の就職祝いだ。これから何かと入り用だろ?」
「えっ、いいの?」
「これでもお前の先輩だからな」
言って、静かに煙草を咥える。
ライターの火を先端に当てるのだが、吸い込みがどうも上手くいかない。なかなか火がつかずに手を焼くうちにも、侑人がぽつりと呟くのが聞こえた。
「あ、ありがとう」
気まずいのか、はたまた気恥ずかしいのか。どちらとも判別がつかぬ声色に、高山は内心苦笑する。
相手がどのような顔をしているかなんて、とてもじゃないが見る気になれなかった。
当然、喜んでもらえたら嬉しいが――考えたところで虚しいだけだし、素っ気なく振る舞うほかない。こんなもの、単なる自己満足のプレゼントにすぎないのだから。
「開けるのは帰ってからにしろよ。大したもんじゃねえし、返品されても困る」
煙草の先端が赤く灯る。ゆっくりと息を吸えば、ようやく紫煙を肺に取り込むことができた。
◇
新年度になって、次に侑人と会うとき、高山は当然のごとく期待などしていなかった。が、思わぬ事態が待ち受けていたのだった。
「お前、そのネクタイ……」
待ち合わせ場所にやって来た侑人を見て、思わず目を瞠る。その襟元にあったのは、先日贈ったばかりのネクタイだった。
指摘すると、侑人は居心地が悪そうに視線を逸らす。
「きょ、今日は――たまたまタイミングが合っただけで」
「………………」
「せっかく貰ったんだし、身につけないと勿体ないだろ。つーかこれ、高そうだし……」
しどろもどろになりながら、侑人が言い訳めいたことを口にする。
高山はしばらく押し黙り、そして静かに口を開いた。
「思ったとおり、よく似合ってる」
と、素でそのような言葉が出てしまう。
高山が贈ったのは、清潔感があるブルーのネクタイだった。定番のストライプ柄だが、光沢が美しいシルク製で上品さを感じさせる逸品だ。
ついまじまじと見ていたら、侑人がきょとんとした顔でこちらを見上げてきた。
「高山さん、ちゃんと選んでくれたんだ?」
「そりゃ当然だろ……人様に贈るんだから」
店頭でさんざん悩んだなどと言えるはずもなく、平静を装って答えてみせる。
すると、侑人は「ふうん」と関心がなさそうに相槌を打ったあと、予想外のことを切り出した。
「今度さ、あんたも祝い事あったら教えろよ」
「は?」
「昇進したとか、大きな案件取れたとか――俺も何か贈るから」
照れくさそうに唇を尖らせながらも、はっきりとした口調で侑人が言う。
高山はしばしの間ぽかんとしていた。が、やがて我に返るなり、堪えきれずに笑い出したのだった。
「っ、ははは!」
「なんで笑うんだよ! 貰ったからには、返さないと気持ち悪いだろ!?」
侑人がムッとして抗議の声を上げる。
その一方、高山はひとしきり笑い、目尻の涙を拭いながら言葉を返した。
「いや、すまんすまん。期待せずに待ってるよ」
「ちょっとは期待してほしいんだけど?」
「そうだなあ。だったら、嬉しいあまり泣いちまうかもな」
「ま、またバカにしてっ」
「バカになんかしてねえって」
「もういい!」
拗ねたように顔を背ける侑人。
そんな様子を眺めながら、高山はひそかに思う。やはり好きだ、と。
気づけばこうして惹かれてやまない。しかし求められているのは、あくまで後腐れのない関係だとわかりきっている。
(……参ったな、期待させないでほしいんだが)
我ながら、あまりの不毛っぷりに苦笑してしまう。
ただ、それでも慣れたもので、自分の中にある感情を追いやりながら、またいつものように微笑んでみせた。
「あーそうそう。そのネクタイなんだが、ちゃんと俺に解かせろよ? ――プレゼントのリボンみたいに解いてやるから」
「嫌に決まってんだろ、このエロオヤジ!」
そんな会話とともに、夜の繁華街に消えていく二つの影。本人らはまだ知る由もないが、その距離は少しずつ、だが着実に日々縮まっていた。
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