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小ネタ 甘えん坊さんとおやすみ
深夜一時過ぎ。高山が帰宅すると、リビングの照明が点けっぱなしになっていた。
侑人のことだから、消し忘れということはないだろう。ソファーを見やれば、案の定、眠りこけている姿があった。
(「遅くなるから先に休んでろ」つったのに、どうしてこうなってんだか)
膝の上には、クッション代わりのぬいぐるみに、開きっぱなしの小説――。現状から察するに、どうやら限界まで待ってくれていたらしい。
高山は息をつきつつ、そっと肩を揺らすことにする。
「おい、侑人」
すると、侑人は小さく身じろぎし、目を擦りながらこちらを見上げてきた。
「あ……おかえり。遅くまでお疲れさま」
「ただいま。こんなとこで寝てると、風邪ひいちまうぞ」
「……ん」
「はいはい、抱っこな」
寝ぼけているのか、駄々をこねるように腕を伸ばす侑人。
幼げな仕草に苦笑しながらも、高山が要望どおりに抱き上げてやれば、そのままぎゅっとしがみついてきた。緩やかに寝室へと移動し、ベッドに侑人の体を寝かせる。
「ほら、ベッドだぞー」
と、布団をかけてやるのだが、侑人は眠気に抗おうとするさまを見せた。唸り声を上げながら身をよじる仕草といったら、なんだか小さな子供がむずがっているようだ。
「気持ちは嬉しいが、眠いなら無理すんなって。侑人も遅くまでありがとな」
言いつつ頭を撫でつけるも、侑人はその手を柔らかく掴んでくる。
「高山さんは?」
「俺? 俺もシャワー浴びたら、すぐ寝るよ」
「――……」
「?」
なにやら訴えかけるように見つめられ、高山は小首を傾げた。それからややあって、合点がいく。
ふっと口元を緩めると、
「忘れてた。おやすみ、侑人」
侑人の前髪をかき上げながら、額に口づけを落とす。
当初こそ些細な戯れにすぎなかったが、――どこか嬉しそうにしてくれるのもあって――今ではすっかり習慣づいてしまった《おやすみの挨拶》だった。
侑人はというと、くすぐったそうに目を細めて、やがて静かに寝息を立て始める。
(ったく、満足げな顔しやがって。本当は俺の帰りを待ってたんじゃなくて、自分が甘えたかっただけじゃねーのか? ……なんてな)
おそらくは前者なのだろうが、何はともあれ、愛おしいという感情がますます溢れてきて仕方がない。二人一緒になってからしばらく経つものの、未だに何度だって、満ち足りたものを実感させられる。
(ちゃんと伝わってるといいんだが。お前のことが、こんなにも好きなんだって)
疲弊した心身に染みるような、甘ったるく、穏やかな一日の締めくくり。
安心しきった寝顔を眺めながら、高山はふとした幸せを味わうのだった。
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