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おまけSS not義理バレンタインデー(2)

「おっ、トリュフか。こいつは美味そうだ」  中には一口大のトリュフチョコレートが並んでいた。それぞれどこか歪な形状をしているのだが、高山は気にしたふうもなく弾んだ声を上げる。  なんとも居たたまれずに、侑人が視線を背けた矢先、思いもよらぬ言葉が追い打ちをしかけてきた。 「な、食わせて」 「はあ!? 自分で食えばいいだろっ」 「まだ手洗ってないんだな、これが」  顔を上げれば、ニヤニヤという意地の悪い笑みとかち合った。  しばし見つめ合うも、依然として目の前の男は、餌を待つ犬のようにじっと待ち続けている。侑人は根負けして、小さく息をついた。 「ほら」  トリュフチョコレートを一つ摘まみ上げ、気恥ずかしいながらに高山の口元まで持っていく。  高山はゆっくりと口に含むと、中で転がすようにして咀嚼しだした。おそらくは味わってくれているのだろうが、その一連の仕草が妙に色っぽくて、ドキリとしてしまうものがある。 「ん、美味い!」 「……本当?」 「本当に美味い、嘘なんかつくかよ。初めて作ったとは思えないほどだ」  ご満悦とばかりの笑みに、侑人はしてやられた。内心ホッとしたというのが実のところだけれど、つい可愛げのない態度を取ってしまう。 「そ、そっか」 「ああ。勿体ないから、毎日一粒ずつ食うな?」 「いや、そこまでしなくても」 「俺にとっては、何よりも価値のあるチョコなんだ。大事に食うに決まってるだろ」  言って、高山は冷蔵庫にギフトボックスを仕舞いこむ。言葉どおり、それこそ大事なものを扱うかのように。  大した味でもないはずだが、このような扱いをされては、どう反応したらいいのかわからない。込み上げてくる居たたまれなさに、侑人は視線を泳がせる。  ……ふと、自分の指先がうっすらと汚れていることに気づいた。 「――……」  仕上げ用のココアパウダーだ。おそらくは、先ほどトリュフチョコレートを摘まんだときに付着してしまったのだろう。  侑人は目をとめると、ティッシュケースへと手を伸ばす。その瞬間、ぐいっと手首を掴まれる感覚があった。  何事かと見上げれば、高山はしたり顔を浮かべている。かと思えば、指先に唇を押し当ててくるものだから、驚きのあまり大袈裟に侑人の肩が跳ねた。 「ちょっ」  生暖かい舌の感触。指の腹をなぞるように這わされるそれは、まるで情事の行為を想起させるかのようだ。  ぞくりとしたものが背筋を駆け抜け、すかさず侑人は後ずさる。その後、狼狽えているうちにも距離を詰められてしまい、今度は首筋に高山の息がかかった。  気づけばキッチン台が背に当たっていて、もはや逃げ場などない。 「甘い匂いが染みついてる気ィする」 「っ……」  ちゅっと軽い音を立てては、時折、歯を立てるようにして薄い皮膚を食まれる。そのたびに侑人の体は小刻みに震えてしまう。  次いで腰から腹にかけていやらしく撫でられ、仕舞いにはYシャツのボタンを外され――そこまできて、やっとのことで待ったをかけた。 「こらっ、なに盛ってんだよ」  すると視線が交わって、高山はいつものように口元を緩めてみせる。無論、悪びれる様子はない。 「はは、甘いもんが好物だって知ってるだろ? このまま侑人のことも食っちまいたくなった」 「……そのセリフ、とんでもなくオヤジくさいって」  でも、と侑人は心の中で続ける。 (よかった。高山さんが喜んでくれて)  確かに、好き好んでチョコレートを手作りするようなタイプではない。自分はそんなふうに、可愛げのある性格はしていないのだ。  ただ、高山が喜ぶさまを想像しながら作業するのは、純粋に楽しいと思えた。途中で不安になったりもしたが、バレンタインデーというこの日に、高山の笑顔が見られて本当によかったとも。 (ガラじゃない、ってわかってるのにな……)  侑人は高山の頬へ手を伸ばすと、静かにその顔を引き寄せる。そして、触れるだけのキスをした。  ――いいよ、俺のことも食べて。  そう耳元で囁いて。  甘い匂いが漂うなか、侑人もまた恋人の熱に溶かされていくのだった。

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