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おまけSS not義理バレンタインデー(1)
二月といえば、「バレンタイン商戦」などというワードが、侑人の頭にチラつく。ほかにも社内で義理チョコのやり取りが行われるのだが、特に深い思い入れはない。
……はず、だったのだが。
(そういえば、いつだったか――)
コンビニエンスストアで、パウチに入った一口サイズのチョコレートを手に取る。
高山とまだセフレ関係だった頃。ちょうど約束の日取りがバレンタインデーと重なり、何気なしにチョコレートを渡した覚えがある。
その後のホワイトデーには、何倍にもなって上品な菓子が返ってきたわけだが――今思うと、確実に義理のやり取りではないだろう。
(高山さん~っ!)
がっくりと項垂れて、侑人はこめかみを抑えた。
あの頃の自分はなんて鈍く、そして無神経だったのか。考えれば考えるほど、申し訳なさでいっぱいになってしまう。
しかしそれと同時に、高山がいかに好意を寄せてくれていたのか、あらためて身に沁みるようで、何とも言えぬ気持ちになるのも確かだった。
(罪滅ぼしってわけでもないけど。ちゃんとチョコ贈ったら……高山さん、喜んでくれるかな)
義理などではなく、本命――恋人として。がらでもないとは思ったが、バレンタインデーに思いを馳せる侑人がいた。
◇
バレンタインデー当日。
侑人は定時どおりに仕事を切り上げると、スーパーマーケットに立ち寄ってから帰宅した。
高山が「ただいま」と姿を現わしたのは、その数時間後である。侑人はキッチン台に向かったまま、そわそわと落ち着きなく視線をさまよわせた。
「お、おかえり。……夕飯は」
「それよか、なんか甘い匂いすんだけど――期待していいのか?」
タイミングを見測るまでもない。部屋中に漂うチョコレートの甘い香りに、高山がいたずらっぽく問いかけてきた。
侑人は軽く言葉を詰まらせつつも、ややあってから返す。
「会社でもチョコ貰っただろうに」
「義理な。本命となったら話は別だろ」
高山の瞳には、期待の色がありありと見えた。次第に侑人のなかで、緊張と不安が募ってくる。
「とはいえ、期待しないでほしいんだけど」
そう前置きしてから冷蔵庫に手を伸ばし、少しだけ間が開いた。
侑人が中から取り出したのは、チョコレートのアソートだった。包装紙には有名菓子メーカーのロゴが印刷されており、市販品であることは明白だ。
見るなり、高山は訝しげに首を傾げる。そうして流れるような動作で、侑人の体をそっと押しのけた。
「あっ、おい!」
慌てて声をかけるも遅い。高山はというと、目ざとく冷蔵庫の中から〝それ〟を見つけ出したのだった。
「こっちの箱は?」
手にあったのは、シンプルな無地のギフトボックスだ。
侑人は思わず視線をそらしてしまった。が、こうなってしまっては観念するほかないだろう。
「せっかくだから手作りしてみたんだけど……その、勝手が全然わからなくて、上手く出来なくて。それによく考えたら、大して手の込んだもんじゃないから、ちょっと子供っぽいかなって」
念のため、市販品のチョコレートを渡す準備もしていたのだと。
ぼそぼそと言い訳がましいことを口にすれば、高山は大きく目を丸くした。
「もしかして、初めて作ったのか?」
「あ、当たり前だろ! 誰が好き好んでこんなことっ」
かつて想いを寄せていた本城にさえ、こういったものの類を渡すことはなかった。
一般的な男子生徒としてありたかったし、当然といえば当然だろう。女子からあれこれ貰っているのを黙って見ているだけで、考えもしなかったはずだ。
そのようなことを真っ赤になりながら伝えると、ふっと高山の笑みが返ってきた。
「それはいいこと聞いたな。本命チョコなんてのも俺が初めて、ってわけか」
「なっ!」
「思えば、俺って侑人のいろんな〝初めて〟を貰ってるよな」
「……変な言い方すんなよ」
「変、って。純粋な意味なんだがなあ」
茶化すわけでもなく、高山はいたって真摯な眼差しを向けてくる。優しい手つきで頭を撫でてきたかと思うと、
「すげえ嬉しい。ありがとな、侑人」
「………………」
心底嬉しそうにしているものだから、もう何も言えなくなってしまった。
ぶわぶわと顔を赤らめるこちらをよそに、高山は笑みを深める。それからギフトボックスに再び目を落とすと、丁寧にその蓋を開けてみせた。
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