111 / 120
おまけSS クリスマスデート・リベンジ(2)
「っ、人多いし――はぐれるのだけは、嫌だから」
気恥ずかしげに頬を染め、そんなことを言ってのける侑人。不意打ちを食らった高山は、思わずドキッとしてしまった。
(ああ、ったく)
どこまでも愛しくてたまらない――。
高山は侑人の手を捕まえると、しっかりと指を絡めた。そして、それを隠すかのようにコートのポケットへと仕舞いこんでみせる。
「ちょっ……」
「嫌か?」
侑人は動揺を見せたものの、振り払うような真似はしなかった。小さく「ううん」と否定すると、そっと手を握り返してくる。
そのいじらしさに、今すぐ抱きしめてしまいたい衝動に駆られたが、高山はぐっと我慢して微笑みを返した。ポケットの中で恋人繋ぎをしたまま、ゆったりとした足取りで歩いていく。
「……高山さんの手、あったかい」
「子供体温だ、って?」
「んなこと言ってないじゃん」
冷たい海風を感じながらも、繋いだ手から温もりが伝わってくる。
そうしてしばらく歩くうち、高さ十メートルほどの大きなクリスマスツリーが見えてきた。煌びやかなLED電球で装飾されたモミの木は、まさに圧巻の一言である。
「すげえな」
「うん、綺麗――」
高山が感嘆の声をあげれば、侑人もうっとりとした様子で呟いた。幻想的な光景を前に、つい二人して見入ってしまう。
ややあって、侑人が躊躇いがちに口を開く気配がした。
「――……」
だが、もごもごと口の中に消えていく。
高山はふわりと笑みを浮かべると、軽く侑人の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
そう訊ねて、自ら伝えてくれるのを待つ。
しばし口ごもったのち、やがて侑人は意を決したように言葉を紡いだ。
「いや、その――人生、何があるかわからないもんだなって。こんな光景、俺には無縁だと思ってたから」
言いつつ、顔を上げて見つめてくる。その瞳はどこか潤んでいて、周囲のイルミネーションにも劣らぬ輝きを帯びていた。
「なんていうかさ、全部、高山さんのおかげ。上手く言葉にできないけど……ありがとう」
こちらが見惚れているうちにも、相手の言葉は続いて、柔らかな微笑みを向けられる。
高山は今度こそ参ってしまった。大きな胸の高鳴りとともに、強くこみ上げてくるものを感じてならない。
「……そんなのお互い様だ。侑人が応えてくれたからこそ、今があるんだし」
静かにそう告げて、しばし見つめ合う。
この一年で、二人の関係も随分と進展した。結婚を前提に付き合うという宣言通り、来年には挙式を予定しており、互いの両親への挨拶も済ませたところだ。
侑人への想いは、なおも変わらないどころか、日に日に愛しさが増していく気さえする。今だって、隠れて繋いだこの手を離したくなどない。
「な、なんか……雰囲気にのまれたかも」
「おいおい、この期に及んで恥ずかしがるなって」
「うるさい」
ややあって気恥ずかしさが勝ってきたのか、侑人がそっぽを向く。
その仕草に高山は笑みを浮かべながらも、そっと耳元へと唇を寄せた。
「今、すっげえキスしたい気分になった」
心のままに甘ったるく囁けば、侑人はびくりと肩を跳ねさせて、「っ――!?」と言葉にならない声を発する。よほど恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になって固まってしまった。
「な、に言ってんだよ……っ」
「なにって、思ったことをそのまま言っただけだが?」
「はあ……もう。高山さんって、ほんっとエロオヤジなんだから」
小さく息をついて、呆れ混じりに言う侑人。
が、それもいつものことで、満更でもない様子なのが見て取れた。高山がクスクスと笑うと、侑人も眉尻を下げてはにかむ。
その後も二人は互いに身を寄せあい、ロマンチックなイルミネーションとともに、甘い時間を堪能したのだった。
◇
後日。デスクで外回り営業の支度をしながら、ふと感慨にふける高山の姿があった。
視線の先にあったのは、重厚感のあるハイブランドのボールペン。手に馴染む太いボディで、気品を感じさせるそれは、侑人からのクリスマスプレゼントである。
なんでも当人が言うには、
『営業職だし、そういった細かいところも見られるだろ? 高山さんのことだから日頃からいいヤツ使ってるんだろうけど、複数あっても困らないと思うし』
……とのことだ。ただ、他にも理由があったらしく、
『それに、ペンなら気兼ねなく持っていられるかなって……その、一緒に』
と、仕舞いには照れくさそうに口にしていた。
つまりはお揃いのものを持ちたい、ということだろう。あまりに恋人らしいし、侑人がそのようなことを考えてくれたのが、どうしようもなく嬉しくてたまらなくなる。
(さて、今日も一日頑張るとするか)
高山は口元が緩むのを感じながら、丁寧な手つきでボールペンをペンケースにしまう。
それからコートと鞄を手に取ると、意気揚々と営業先へと向かったのだった。
ともだちにシェアしよう!

