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夜嵐(3)
――一族の役にも立たぬ愚か者が!
皇家との密接な関係を築くことに腐心する父大公に厳しく叱責され、帝都にもユングリングの領地にも居場所がなくなったシェルは、傷心を隠したまま、留学の名目で異国へと逃れた。何度考えても、侍従として仕えた五年間を省みても、それほど強い不興を買った理由に心当たりがなく、そのことで深い自責と自己嫌悪に囚われたからだ。
自らの過ちにいまだ気づけぬほど愚鈍だから、敬愛し、心を込めて仕えた主人に厭われたのだろう。
それでも、幼い頃から憧れ続けた学問と芸術の都ミレニオで、大学に入り本格的に学業に没頭する日々は充実して楽しく、学友もでき、一年前に受けた傷は少しずつ癒えていた。心配させないように、時折交わしていた妹への便りでは、常に明るい筆致を心掛けていたのだが。
「お兄様ほど博識で洗練された美しい殿方、この国にはいないもの。それなのに……陛下には人を見る目がないのよ」
「こら、クリス」
妹の軽口を、顔を顰める振りで不敬と咎める兄に、その返事も「はぁい」と軽い。
「でもそのおかげで、お兄様はお母様の国へ行けたのだから、よかったのかしら。……居心地がいいのでしょう?」
ここよりも――どこよりも。
目と目を合わせれば、言葉はなくても伝わってくる。伝わってしまう。妹の声なき声も、それに対する答えも。
妹の問いに、口に出しては答えなかった。クリスティーナもそれを求めてはいないだろう。
この国で、こうして自分を案じてくれる相手と過ごすことで、思い知らされる。そんなあたたかい存在は、妹ただ一人だけだということを。
(――やはり帰ろう)
護衛番をしていれば、いつか皇帝と鉢合わせることになる。その時にはなるべく不興を買わぬように、形ばかりの抵抗をして、妹をその手に渡そう。兄としての役目を終え、婚礼にまつわる一連の儀式が終わったら、速やかに国を出てミレニオへ向かおう。
もう戻れないことを想定し、教授には退学の意を伝えてきたが、復学を願い出れば許されるはずだ。そうして再び呼び戻される日まで、静謐な学究の日々を送ればいい。――そんな日は、おそらく永遠に来ることはないと知りながら。
寂寥と安堵が同時に去来し、儚く微笑む兄を気遣い、クリスティーナの手が頬に触れる。このぬくもりを覚えておこう、とシェルは手を重ねた。遠く隔っても、二度と会えなくても、クリスティーナがたった一人の、互いを思い合う妹であることは、死が二人を別つまで変わらない。
――その時。
立て続けに、廊下で重い物が床にぶつかるような鈍い音がした。それに続いて、短い呻き声も。
「……アラン? 何かあったのか?」
今夜の不寝番を務めるはずの従弟の名を呼ぶが、返事はない。シェルは俄かに緊張し、固くなりながらも立ち上がると、クリスティーナを背に庇った。こんな悪天候で、まさか后狩りが行われているのだろうか。
部屋には当然、鍵をかけている。とはいえ、后狩りのために付け替えた、破られることを前提にした簡易錠だ。施錠されていることを確認するようにガチャリと扉の取っ手が鳴り、背後でクリスティーナが息を呑む気配がした。
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