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01.出逢う
その日は、俺の十四歳の誕生日だった。
昼間は公爵邸の大広間を使った豪華絢爛なパーティー。
筆頭貴族である生家クラインハインツ公爵家の面目を保つためだけに開かれた、俺の好みなんてちっとも反映されていないパーティー。招待された貴族たちは、我先にと俺に祝いの言葉を述べた。
次期公爵である俺に取り入れば、今後有利になるという下心からだ。きっと、そこに本当の祝いの言葉なんてない。あるのは、ただつながりを求めコネを得ようとする醜い大人たちの建前だ。
そんな昼間とは打って変わって。夜は家族だけのこじんまりとした誕生会だった。
父と母、二人の弟、それから妹。なんてことない、幸せな家族の姿。まだまだ幼い妹は、庭師から分けてもらったという花を花束にして、渡してくれた。不格好なリボンがやたらと目立つ、可愛い花束だった。
そんな日の終わり。寝台にもぐった俺は、一人で天井を見上げる。
思うのは、また一歩死に近づいたということだろうか。誕生日を迎えるたびに、自分の寿命が火の灯ったろうそくのように溶けていくのを感じる。俺はあと、何年生きられるのだろうか。
物心ついたとき。母が泣きながら俺に告げた言葉を思い出す。
(……なんて、考えても無駄だよな)
とにかく。今は、生きているこの時間を楽しまなければ。そう思って、俺は目を瞑る。
ちくたくと壁掛け時計の針がやたらと大きく聞こえる。そろそろ日付が変わるくらいだろうか。
目を閉じて、耳を澄ませる。気配はきれいに消し切れていない。ちょっと手慣れているけれど、まぁ特殊な任務を受けた奴じゃない。
そう思って、俺は手を伸ばした。
「……不法侵入って、犯罪なんだけど」
そっと目を開けて、そう言う。すると、横になっている俺の身体の上にのしかかった人影が、息を呑んだのがわかった。
俺がつかむのは、華奢な腕。その手には月の光を浴びてきらりと輝く銀色のナイフ。多分、俺の喉元でも貫こうとしていたんだろう。
「それとも、なに? 夜這いって奴?」
にんまりと笑ってそう問いかければ、その人影はナイフを持つ手を下ろした。
月の光を浴びて人影の顔が見える。……まだまだ幼い、少年だった。手入れなんてされていないであろう漆黒色の髪の毛。その目はぎらぎらとした光を帯びている。
その光は、幼く見える顔立ちとはミスマッチだった。
「……お前、この状況下でよくそんなことが言えるな」
声変わりもまだな、幼い声。なので、俺は起き上がる。少年が、身を引いた。
「ま、こういうの慣れてるしな」
淡々とそう告げれば、少年の目が大きく見開かれる。その表情は、年相応といった雰囲気だ。
「……なに、あんた、命狙われるの慣れてるの?」
驚いたような声でそう問いかけられて、ゆるゆると首を横に振った。
「いや、死にかけるのに慣れてるっていうだけ。命狙われるのは、年に一度あるかないかだ」
「……十分多いって」
まぁ、世間一般からすればそうなんだろう。けど、俺は公爵家の跡継ぎだから。
こういうのは、日常的だ。
「王族や高位貴族になると、こういうのはよくあることだ。……一々驚いていたら、身が持たない」
寝台を下りて、俺は移動する。そのままソファーの背もたれにかけてある上着を取って、さっさと羽織る。
それから、もう一度寝台に戻って腰掛ける。
「なんだよ、それ……」
毒気を抜かれたかのように、少年が小さくそう呟いた。だから、俺は少年の手からナイフを取り上げる。
「こんな危ないものは没収だな」
少年は、抵抗しなかった。ただ、少し移動して俺の隣に腰掛けた。
少年の横顔は、とてもきれいだ。なんていうか、凛々しいというか。きっと、成長すればかっこいい男になるんだろう。
「見たところ、お前、こういうこと少し慣れてるだろ」
前をただまっすぐに見つめて、そう問いかける。彼は少しためらって「うん」と答えた。
「なに? こういう暗殺業を請け負って、生きてるのか?」
「……まぁ、そういうところ」
脚をぶらぶらとさせながら、少年がそう言った。そのまま背中から寝台に倒れこんで、笑っていた。
「ふかふか。……俺、こんなところで寝たことない」
「そっか」
俺の言葉に気を悪くした風もなく、少年がこちらに顔を向ける。その目にあるぎらつきは、健在。だけど、ちょっと大人しくなった。さっきまでは、手負いの獣みたいな感じだったから。
生きることに必死で、貪欲な色を宿していたから。
「なぁ、あんた。……変な人間だって、言われない?」
直球の言葉に、俺は声を上げて笑ってしまった。少年は、きょとんとしている。
「あぁ、よく言われるよ」
「そうだろうなぁ。だって、殺しに来た奴とのんびりと話してるし」
実際、それは正しいのだろう。……かといって。焦る必要も、恐れる必要もない。
「人は遅かれ早かれ死ぬからさ。命を失うことくらいで、慌てたりはしない」
「……ふぅん」
俺の言葉は、少年にどう聞こえたのだろうか。そう思いつつ少年に視線を向ける。少年は、俺の顔を見つめていた。
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