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02.契約する

「もしもさ。俺が金のためにあんたの命を奪いに来たって言ったら……どう思う?」 「どうとは?」 「幻滅するか? それとも、同情するか? 恵まれたお貴族さまは、どう思うのかなって」  その言い方には確実に棘が入っている。……が、俺はそれに気が付かないふりをして「そうだなぁ」と言った。 「とりあえず、俺の命を狙っている奴を吐けっていうかな」 「……あとは?」 「あとはまぁ、特にすることはないな」  だって、この少年は利用されているだけだし。だったら、その後ろにいるくそみたいな奴を裁くのが先だろう。 「適当な時期に無罪放免で放り出す。それくらいだな」  少年は、なにも言わなかった。もしかしたら、お気に召さない回答だったのかもしれない。  そう思うが、それが俺のやるべきことだ。それ以外のことなんて、考えられない。 「なんだよ。……自分を殺しに来た奴なのに、無罪放免か?」 「そうだよ。だって、実際殺されてはいないし」  殺人を実行したわけじゃない。ならば、それでいいじゃないか。実際、俺は傷一つ負っていないんだし。 「俺は生きてる。……それが、現実だろ?」 「……変な奴」  少年がそう呟く。 「なんだろうな。……あんたを殺すの、ばかばかしくなったわ」 「それはどうも」 「褒めてない」  そんな軽口をたたき合って、俺は少年の様子を窺う。 (正直、このまま放免するのは無理だな……)  それは、俺の命が惜しいとか。そういうことじゃない。このまま放りだしたとして、俺の殺害を依頼した奴に口封じに殺されるだけだ。……だったら、この少年は俺が保護するべきだ。 「なぁなぁ、少年くん」 「ん?」  少年のことを呼ぶ。彼は、きょとんとしていた。 「俺のこと、殺したい?」 「は……?」  俺の言葉に、明らかに動揺している。……これならば、いけるか。 「じゃあさ、六年後。俺が二十歳を迎えたら、俺のこと、殺してもいいよ」  自ら大きく腕を広げてそう言う。少年は意味がわからないとばかりに目を瞬かせている。 「あんた、な、にいって……」 「だから、今から六年間。……お前は、俺の飼い犬だ」  ますます意味がわからない。そう言いたげな少年に、俺はグイっと顔を近づけた。 「実は、少し前に飼ってた犬が死んだんだ。……だから、新しい犬が欲しくて」 「……それが、俺だって?」  露骨に眉を顰められた。そりゃそうだ。そう思いつつも、俺は笑う。 「もちろん、人間としての生活は保障する。ここにいる間は、俺の従者として生きてもらう」 「……従者」 「どう? 俺は懐に入れた人間には甘いよ?」  少年の目が揺れているのがわかった。……あと、一押し。 「給金も出すし、休みだってやるよ。途中で逃亡する以外は、自由にしてくれ」  逃亡されたら、口封じされるだろうから……と、そこまでは言わない。こんないたいけな少年に不安を植え付けるわけにはいかない。 「……あんたにメリット、ある?」  まるでうまい話には裏があるとばかりに、疑ってくる少年。だから、俺は頷いた。 「あるよ。……俺は信頼のおける従者を、手に入れることが出来る」  その言葉に、少年が迷ったのがわかった。しばらくして、少年は頷く。 「じゃあ……その。六年間、世話になる」  ペコリと頭を下げた少年の頭を、俺はガシガシと撫でた。少年が、気まずそうに視線を逸らす。 「ところで、お前、名前は?」  さすがに自分の従者のことを「少年」というわけにはいかないだろう。その一心でそう問いかければ、少年は「ないよ」と吐き捨てる。 「俺には名前なんてない。家名もない。周囲からは、ナナシって呼ばれてた」 「……そっか」  ちょっと考えて、俺はハッとする。 「じゃあ、お前の名前エルリカにする」  それはつい先日まで買っていた例の犬のことだ。大型犬の女の子で、黒い毛並みがこいつにそっくりだった。 「は? それ、女の名前だろ……!」  少年が、抗議の声を上げる。だから、俺も「えー」と抗議の声を上げた。 「そうなんだけどさぁ。ほら、前に飼ってた犬の名前……」 「お前、俺のことをその犬とおんなじ名前で呼ぶ気なのかよ……!」  ……なんか、そう言われたらいやになって来たな。 「じゃあ、エルだ。……お前は今日から、エル。……いいな?」 「……まぁ、それだったら」  少年――もとい、エルが俺の言葉に頷いてくれた。なので、俺も大きく頷く。 「これからよろしく、エル」  手を差し出す。エルは、渋々といった風に俺の手に自身の手を重ねた。だから、俺はその手をぎゅっと握った。

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