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第一話
カンカンカン!!!
アーケードの下に広がる店の前で突然大きなハンドベルの音が響いた。
「一等大当たり~!」
とある町の商店街。トイレットペーパーを当てるつもりで抽選会の会場に出向いた大学生・岸峰蒼芭 は突然の事実に困惑していた。
「学生さん!これ!おめでとう!!」
「あ、ありがとうございます」
「楽しんできてね」
抽選会のおっちゃんがにこやかに背中をバシバシと叩く。確かに人生でめったにないチャンスだ。しかし蒼芭はうれしい反面、少しがっかりした。
(どうしよう……トイレットペーパーが……)
今の蒼芭にとって旅行券よりもほしいものがあった。それはトイレットペーパーだ。蒼芭が欲しがる理由は彼が苦学生であることに他ならない。大学では真面目に講義を受け、午後からはバイト。そして年季の入った家賃の安いアパートに帰り、奨学金の返済と生活費にバイト代が消えていく毎日を送っている。そんな蒼芭に旅行は勿体ないものだった。一等の重みよりも何周も巻いてある紙の重みの方が蒼芭を喜ばせるには十分だ。しかし旅行が嬉しくないわけではない。決して残念がってはいけないのは彼自身涙が出そうなほどによくわかっているが、旅行は何より出費が重なる。そしてつい先日、貯蓄が底をつき箱ティッシュがなくなった。仕方なくトイレットぺーパーで我慢していたらそのペーパーでさえなくなりつつあった。ダメ元で、と商店街の抽選会に応募したものの本当に欲しいものは当たらなかった。
(贅沢はするつもりないんです……ただ、ただ僕は普通に生きていきたいだけなんです。生き延びさせてください……)
蒼芭の悲痛な嘆きはアーケード越しの青空に虚しく消えていった。
道の端で旅行券を財布の中に入れ、途方に暮れる。本当はもっと別の人が当てるべきはずのものを自分が持ってしまっていいのだろうか。どうしても目的のもの以外が出るともやもやしてしまうのが蒼芭の性分だ。早く手放したいと思う反面、どうせなら行っても罰は当たらないだろうと思う浮足立った気持ちが交差し蒼芭はただ頭を悩ませる。
「一回家に帰ろう……」
残念ながら蒼芭に友達はいない。誰かと一緒に行こうにも誘う相手がいないのだ。毎日の家と大学、バイトの往復。バイトに至っては掛け持ちをしているせいで時間に余裕もなく、対人関係を作ることすらもできないほどだった。
仕方なくとぼとぼと自宅への廃れた道を歩き、普段なら気にも留めない雑草に「金に糸目をつけず旅行に行きたい」と投げかけても返事は帰ってこない。
めでたいことなのに喜べないのはきっと余裕がないから。もう少し金銭に余裕があったならば。きっと蒼芭は目を輝かせて準備をするのに。
* * * *
自宅に帰ると蒼芭は真っ先に母に電話をかけた。限界貧乏大学生には到底もったいない代物を得たことを誰かに伝えたかったのだ。久しぶりの身内の声が聴けることが純粋にうれしかった。そんなにコール音がしないうちに向こう側から母の声が聞こえた。
「あ、もしもしお母さん?蒼芭です。」
『あら。珍しいわね。あなたから電話をかけてくるの。どうかしたの?』
「今日商店街の抽選で温泉旅行が当たったんだ。よかったらお父さんと行ってきなよ。」
今までの経緯と要望を母に伝える。日々、感謝しきれないほどによくさせてもらっている身であることは重々承知だった。その恩返しがしたくて、蒼芭は両親水入らずで旅行に行ってほしかった。それが一番無難に済ませられるのだ。
『えぇ?!すごいじゃない!でも蒼芭が当てたなら蒼芭自身が行くべきだわ。』
「でもお金も時間もなくて……」
『そんなこと気にしないでいいわよ。費用なら私たちが出すわ。』
「いや……でも、申し訳ないし……」
「何言ってるの。出先で何かいいことが起きるかもしれないし!それに蒼芭は大学でもよく頑張っているわ。だからたまには息抜きも必要。行ってらっしゃい!」
エネルギッシュな母らしい電話の切り方で思わず笑みが零れる。やはり、母の存在とは偉大なものだ。なんとなく背中を押されたような気がして蒼芭はスッと立ち上がる。
「ご飯、作ろうかな」
普段なら嫌悪感でいっぱいの自炊だって今なら少し楽しめそうだった。
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