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1.ミナミのタスマニアデビル①
「早坂庄助 ですっ、これからお世話になります!」
頭を下げつつ諸手で差し出した履歴書入りの封筒は、品川駅に着いた途端に降り出した雨でビショビショに濡れて、今にも破れそうだった。
小綺麗な事務所の奥、化粧合板のパーテーションで簡易に仕切られた応接間のソファに座ったヒゲの男は、少し嫌そうにそれを受け取った。
「早坂くん。どうも、俺は国枝って言います。あーまあ、座って。あ、待って。随分ビッショビショだねえ……」
黒い細身のライダースを着た国枝聖 と名乗った男は、困ったように笑って口ひげを触った。年の頃は30代なかばから40くらいに見える。
「すんません、走ったらいけると思ったんですけど……あかんかった」
早坂庄助と名乗った関西弁の若い、というよりかは子供じみた印象の男は、濡れそぼって黒っぽくなった金髪の頭を、恥ずかしそうに掻いた。
事務所は池袋駅から徒歩10分とは聞いていた。次第に強くなり始めた雨脚に、さすがに途中どこかのコンビニで傘を買おうと思ったのだが、途中で無法者たちに因縁をつけられ絡まれてしまったという。
それを、彼の地元の方言で言うところの『どつきまわす』『いてこます』というのをやっているうちに雨が際限なく降ってきて、結果こうなった。
庄助は小柄な体躯のわりに度胸があるらしい。上京してきた途端喧嘩をふっかけてきた相手に、しっかり格闘して勝ってきたと、あろうことか未来の雇用主になるかもしれない相手にピースをした。赤いスタジャンの肩が、血のようにべっとりと水を含んでいる。
「景虎 ー! いる? ちょっとタオル持ってきてタオル」
国枝は庄助の無礼を特に気にすることもなく、仕切りの向こうの誰かに声をかける。何かが動く音がした。国枝は手に持った履歴書の封筒をパタパタと乾かすように振っている。あまり中身を確かめる気はなさそうだ。
パーテーションのドアが開くと、ぬっと大きな影が覗いた。背の高くガッシリとした、蒼白い肌の男だった。窮屈そうに身を屈めると、背の低いドアをくぐる。手には、白いフェイスタオルを持っている。
「ちょっとそれ、この子に」
「……はい」
国枝が顎で庄助を指すと、男は手に持ったタオルを庄助の頭に載せた。そしてそのまま、
「わぷ……」
わしゃわしゃと庄助の髪を乱暴に拭いた。まるで雨に濡れた大型犬かなにかをキレイにするみたいに。庄助は驚いて男を見上げた。
自分より10センチ以上は背が高い。歳はそこまで変わらなさそうだが、顔の彫りが深く大人びている。涼し気な目元の下、左の頬にある引き攣れた刀の傷痕が堅気ではないことを物語っている。
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