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3.はじめてのほしょく②

 景虎は、庄助のまっさらな背中を這う、機械の針のピストンを思い描いた。肌を破って侵入する墨と、じわりと滲む赤い血を拭き取るティッシュペーパー。断続的なちくちくとした痛みを涙目で耐える庄助の姿を想像したとき、景虎はうっすら欲情している自分に気づき、驚いた。 「終わったで」  庄助はぽんと肩を叩くと立ち上がり、洗面所の洗濯かごにタオルを投げ入れてすぐに戻ってきた。 「他には? 俺にしてほしいことある?」 「いや……」 「ほんまに? なんかあったら言うてや」  隣で覗き込んでくる庄助の瞳の表面を被う涙の膜が、西陽を受けて光っている。少しは反省しているのか、殊勝にしている庄助を見ると、不思議な気持ちが頭をもたげる。頬を抓りたいような、齧り付きたいような。誰かに対してそんなことを思うのは初めてだった。 「あのさ、ほんまさっき……ごめん。俺、めっちゃアホやった」  素直に謝ることができるのは美徳だ。下を向く庄助の頬のうぶ毛にばかり見とれている自分が嫌になるほどに。正体の分からない欲望はどんどんと景虎の腹の中で堆くなってゆき、今にも喉を破って手を出しそうだ。 「俺なんか置いていったらよかったのに」  ポツリと自虐的にそう言われて、景虎はカッと目を見開いた。はらわたが急に燃えるように熱くなり、景虎はほぼ無意識に庄助の右の手首を捕まえた。 「つまらんことを言うな」 「え……っ」  突然のことに庄助は目をまるく見開いた。  怒りに似た疼きに、胃の腑のあたりが脈動する。景虎は、自分の代わりに庄助があの丸太のような拳に打ち据えられて組み伏せられていたかと想像すると、それだけで気持ちが煮え立つようだった。 「あ! おい痛いって……!」  景虎の指が、ギリギリと骨にめり込む。庄助は驚いて手を引こうとしたが、景虎の力は万力のように圧倒的だった。 「なあ、庄助。俺が仮にお前をあの場に置き去りにしたら、どうなってたと思う」 「それは……どつき回され……たり?」 「そうだな。殴られて、犯されて、いじめ抜かれてボロボロにされて。もう殺してくださいって泣く頃には、山に捨ててもらえるかもな?」  そう言って強めに握り込むと、庄助は痛みに目を瞑った。怒られているのがわかっているのか、普段ならもっと強気で拒否するだろうに、されるがままになっている。かき混ぜられた澱のようにむらのある衝動が、景虎の血中を行き来した。 「……なんなん? カゲ、なんか変や」 「たしかに変だな。腹の中がモヤモヤする。こんな気持ちは、初めてだと思う」 「腹がモヤモヤするのは、さっき殴られたからちゃうんか」  ただならぬ雰囲気を、庄助は冗談を言ってやり過ごそうとした。 「……ふぅん、まだ茶化す余裕があるのか?」  反対の手首も掴んでしまうと、庄助は抗議するように眉をひそめた。痛い、と小さく呟いた声が不安そうに揺れた。 「……カゲ」  庄助は恐る恐る景虎の顔を見た。いつもあまり感情の揺らぎの見えない景虎の目の色は今や、怒りと情欲で燃えている。恐れだけでない何かが背すじを走って、ゾクッとした。 「お前を見てると、興奮する」  そう言ったあと、ほんの一瞬二人して沈黙する。夕方の闇はからだを伸ばし、ソファに座る二人の足元まで来ていた。先に沈黙を破ろうとほんの少し開いた庄助の唇を、景虎が奪った。

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