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3.はじめてのほしょく⑥
「大阪に帰る!」
景虎に凌辱された次の日の昼過ぎ、半べそをかきながら、庄助は荷物をまとめていた。クローゼットに吊るされた、母親が就職祝い(ヤクザになることは内緒にしているが)に買ってくれたスーツを見ていると、なんだか泣けてきた。
東京は冷酷だ。凍てついた冷たい都市だ。東京というか悪いのは景虎なのだが、こんな性欲モンスターを生み出してしまったこの都市にも一介の責任はあるに違いない、標準語は合わんしうどんの出汁は茶色いし。などと、わけのわからないことを考えながら荷造りをしていた。繰り返し大量の精液を注ぎ込まれた腹が、きゅるきゅると不穏な音を立てて時々痛む。
「出ていくのか」
景虎は悠々とソファに座りながら、鍛錬用のハンドグリップを握った手を開閉させている。開けたシャツの間から見える見事な腹筋に、痛々しい青痣ができていた。が、庄助はもうごめんとは言わなかった。
「出ていくに決まってるやろが! いきなりケツ掘ってくる奴と一緒に住めるわけないやろ! 矢野組長にはお前が説明せえよ!」
「それはいいが……淋しくなるな。残念だ、俺は庄助をすごく気に入っていたし」
「ぎーっ! 嘘つけよヘンタイっ」
ムカついた庄助は、手元の荷造り用のガムテープの芯を景虎に投げつけた。それはスコンと間抜けな音を立てて頭に当たったが、当人は平気な顔をしている。
「まだ正式に盃も交わしてないんだ、だから庄助がヤクザを辞めても問題はない。精神的にもキツい職業だからな。1日で辞める奴もいる……“よくあること”だ。親父も国枝さんも怒りはしない」
「おっ……俺は別に仕事がキツいから辞めるわけやないんやぞ!」
「確かにそうだな。だが周りには伝わらない。今、何も言わずに辞めれば、庄助は“ヤクザの仕事を目の当たりにして、怖くて大阪に帰った”ようにしか見えない」
「なっ、な……!」
「それが嫌なら“兄貴に無理矢理犯されたのが辛いから辞めます”って正直に皆に話すか? 俺はかまわないぞ」
「く……!」
庄助は内心、景虎がここまで弁が立つとは思っていなかった。いつもポヤポヤしているけれど、やっぱり本職なんだと改めて思った。こちらに譲歩しているようで、じわじわと退路を断つような話し方は、テレビでよくやっている犯罪ドキュメンタリーに出てくる悪徳業者みたいだった。
一方の景虎は、庄助の負けず嫌いな性質をわかってわざと煽っている。鈍感な男だが、こういうことにだけは培ってきた勘が働くようだ。
「勘違いすんな。俺は別に無理矢理ヤられたわけやなくて、カゲがどうしてもって言うから触らせてやっただけでやな……」
「ほぉ……?」
あまりにあさっての方向に話が展開し始めたので、景虎はちょっと笑ってしまった。
「どうしてもって頼まれたら、庄助は誰にでもあんなことさせるのか?」
「は!? そんなわけないやろが。馬鹿にすんな」
「じゃあ俺は、庄助にとって特別なんだな?」
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