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3.はじめてのほしょく⑦

 夕闇色の眼に真っ直ぐ見つめられると、言葉に詰まってしまう。力を込めてグリップを握り込む手の甲の血管は青々と浮き出て、拳自体が別の生き物のようだった。 「ちがっ……! か、カゲには俺をここに住まわせてくれてる恩があるし。だから……家賃の代わりって言うたらヘンやけど……」  庄助はしどろもどろだった。  自分の性的嗜好はストレートだと思っていたし、今もそうだと思う。けれど、景虎に抱かれるのは、最初こそ怖くて痛かったけど、あまり嫌悪感はなかった。いや、むしろだいぶ気持ちよかった。が、それを認めてしまうのはプライドが許さないから、なんとか理由をつけなくてはいけない。必死に絞り出したのが"家賃代わり"という言葉だった。  特別同性愛に偏見があるわけじゃないけれど、昔ながらの男らしさにこだわっている自分が、女役になってしまうのはどうしても駄目なのだ、恥ずかしさが先に立つ。  あくまで格好良くありたいという美学は、庄助のちっぽけなアイデンティティだ。頭も良くない、気も短い、そんな自分をわかっているからこそ、それだけは捨ててしまいたくなかった。 「なるほど、家賃代わりか。庄助は仁義を重んじるんだな。今どき珍しい」 「は、じんぎ……!?」  いきなり褒められるとは思っていなかった庄助は、鍋に入れる椎茸みたいに目を丸くした。 「世話になってるからといって、自分の身体を差し出すなんてなかなかできることじゃない。男らしいな、庄助は。思い切りがいい」 「いっ、え……うん? まあな!?」 「親父は昔ながらの任侠を重んじるヤクザだ。会えばきっと、義侠心のある庄助のことを気に入ったと思う。なのに、俺が一時の性欲に負けてお前を抱いてしまったから……ハァ、日本のヤクザ界は惜しい人材をなくすことになるだろうな」 「惜しい人材……ギキョーシン……」  不安にさせておいてから、次は褒めそやして上げる手口だ。景虎のそれは棒読みだが、庄助のハートに火を点けるには十分な言葉だった。嬉しさと恥ずかしさで耳を赤くしている庄助を見て、景虎はダメ押しとばかりに立ち上がった。 「新幹線で帰るのか? だったら駅まで送っていく。こっちは宅急便か?」  と、ゲームソフトや変なぬいぐるみやガラクタの入っている段ボールを持ち上げた。箱の側面には「みかんハウスはやさか」と書かれている。庄助の母親の実家の、みかん農園の名前だ。 「……待てって」  庄助はとっさに景虎の腕を掴んだ。 「逃げ帰ったって思われんのも癪やし、やっぱもうちょいここに居てやってもええ。……うん、それがええな! カゲ友達おらんし」 「いいのか? 正直言うと、俺はもうすでに庄助をいやらしい目で見てるぞ」 「正直すぎやろ! それは我慢しろボケ!」 「わかってるさ、庄助が嫌ならもうしない」 「おう……それやったら別に。こっちも帰る理由があらへんし」  もじもじと下を向く庄助を見て、景虎は目を細めた。あと一押し。インパラの首筋にライオンの牙が食い込むが如く、あとは顎を閉じれば終わる、そんな心地だった。 「……庄助は心が広いな」 「まあな! 俺は喧嘩強い上に心も広いから。せやからカゲがどうしても、庄助さんお願いします! って言うんやったら、ほんのたまになら……チューくらいなら許したる。ネンイチやぞ。今年はもうないからな」  庄助は得意げに白い犬歯を見せて笑うと、荷物を詰めた段ボールをまた開封した。ビリビリと景気よくガムテープを剥がす音が、昼下がりの二人の部屋に響いた。

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