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5.恐怖! 人喰いオポッサム、闇に消ゆ!④

「なるほどね。いやあ、庄助は思わぬ拾い物だったよね。取引先に好かれるタイプだわ、特にご年配の方」 「庄助は可愛いですからね」 「うんまあ……子供みたいだからね。失敗も多いし基本は失礼だけど、愛嬌がある」 「可愛いですからね」 「…………」  国枝は景虎を見た。長いまつ毛の下、暮れゆく空のような瞳の色が外の光に照らされて熱っぽく潤んでいる。  ああこれは庄助となにかあったな、とピンときた。景虎とは国枝がヤクザになりたての若い頃から15年以上の時をともにした腐れ縁だが、こんな表情はついぞ見たことがなかったので驚いた。が、触れたくはなかったので、あえて話を変えた。 「ねえ景虎さ、服。それ、何? いくらお前が美形でも誤魔化せないくらい変な柄だけど、それなんの柄なの?」  景虎が着ているのは、白地にゆるいタッチで謎の動物が描かれた総柄のドレスシャツだ。それを指して、国枝は気味悪そうな顔をした。 「ああ……これはオポッサムのシャツです。オポッサムの親子。オポッサムには乳首が13個しかないのに、それ以上の数の子供を……」 「わ~気持ち悪い」  国枝は嫌な顔をして耳を塞いだ。  この場合の『気持ち悪い』というのは、オポッサムではなく自分のことだろう、と景虎は考え口をつぐんだ。  オポッサムの雌は乳首の数以上の子供を産むこともままあるから、他の仔を押しのけ授乳する力のないものは力尽きてしまうと、そう言いたかった。なのに拒否されてしまった。  景虎は動物が好きだ、とりわけ哺乳類や有袋類が好きだ。毛が生えてずんぐりしたフォルムとつぶらな目を見ていると、胸の中がムズムズして、捕まえて口に含んでみたり頬ずりしてみたくなる。性的でこそないが、庄助に抱く感情と少し似ている。 「話を戻していいですか」 「え~? 戻さなくていいよ…」 「じゃあ、オポッサムの話を?」 「戻して」 「はい。提案なのですが。庄助をこのまま営業として、ウチで飼い殺すのはどうでしょうか」 「へえ。庄助、あんなにヤクザの世界に憧れてるのに? さすが織原の虎は残酷なこと言うねえ。で、そのこころは?」 「その……庄助は短気だけどネジが外れてるわけじゃない。まともすぎるんです、ヤクザに向いてない。だから、こういう仕事はやらせたくないんです」 「ふぅん? ヤクザには向いてないけど、あぶれ者にならざるを得なかった、そんな奴はいっぱいいるよ。景虎もこの道長いんだから、たくさん見てきただろ。なんで庄助だけ特別扱いするの」 「……庄助は、可愛いですから」  景虎はハンドルを握りながら、うっすらと頬を赤らめた。  マジかよ、さてはこいつらヤったのか。そう国枝は思った。  最近の若いのは、一線を越えるのに性別をあまり気にしない。それは時代の流れとして解るが、だからってそんな、まだ一緒に住んでそれほど経ってないのにそんなことになる? 性が乱れすぎてない? 怖いわ、若者。と自分のことは棚に上げて思ったが、それを言うと『え……そっか、歳のいったひとはそう思いますよねスミマセン』みたいな、口には出さないけれど気を遣った顔をされるだろう。  それが厭で、国枝はひたすら外国のCGアニメーションのキャラクターがやるような、眉根を引き上げて口元を笑みの形に歪ませる珍妙な顔をして耐えた。 「そっかぁ……庄助が納得するならいいんじゃない?」 「納得ですか……」  景虎の言い分は多くを聞かずともわかった。庄助に惚れてしまったから、危なくて汚いヤクザの仕事はやらせたくない。けれど一緒に居たいので、表の仕事だけやらせて近くに置いておきたい。驚くほど自分勝手だと国枝は思うが、景虎はその罪深さに気づいていなさそうに、訝しげな顔をしている。 「ま、俺は仕事に支障が出ないならなんでもいいよ、仲良くやってよね」  最初は景虎の新鮮な表情や態度に驚いていたが、それにもすぐに飽きてしまったのか、国枝は欠伸を一つして、助手席で目を閉じた。すぐに寝息が聞こえて、景虎は国枝をちらりと見た。自分のシャツにも国枝のスーツにも、いくらか血液がついていることに気づいた。  ヤクザは誰かの不幸の上に成り立つ因果な商売だ。庄助には憧れだけで終わってほしい。  自分も国枝もこの世界にどっぷり浸かっていて、今さらどこへも行けないことは解っている。それでも庄助のことが欲しくなる。なぜだかわからないけれど、そばにいると嬉しくて楽しくて涙が出そうになる。胸がときめいて、猛烈に触れたくなるのだ。  信号待ちの間に、半袖のシャツから覗く自分の刺青がふと目に入った。まっとうではないことの証であるこの刻印を、庄助がキレイだと言ってくれたのを思い出した。  その言葉を思い出すと、いつもどおりの薄ら寒い都会の灯りさえ、光の洪水のように美しく感じる。庄助の言葉は、笑顔は、景虎にとって今生の唯一の救いのように感じた。

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