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【番外編】ラブリーウサチャンオシオキヘブン①
カゲはそれはもう、めちゃくちゃ怒っていた。
ポケットティッシュを配っていた俺を見つけるなり、漫画みたいにブワッと殺気のオーラを纏って毛を逆立てた。少なくとも俺にはそう見えた。
「配ってこいって言われたんやから、しゃーないやろ!」
風俗店の店先で腕を掴まれ、俺は声を荒らげた。夕方の繁華街の大きな道路を、飯屋でも探そうかと行き交う人たちが何事かと好奇の目を俺たちに向けてくる。そりゃそうや、背の高いヤクザ風の男と、バニースーツを着た男が言い争ってるんやから。
バニースーツの男っていうのはつまり俺のことで、皆に見られている恥ずかしさと外の寒さで体温がぐちゃぐちゃだった。
数時間前、国枝さんから電話があった。織原組の経営する風俗店が、新年の割引キャンペーンで忙しく人手が足りないから、手伝いに行ってほしい、詳しくは現地で店長に聞いてくれ、とのことだった。
国枝さんの命令は基本的に絶対なので、俺は仕事が早く終わって帰ろうとしていた足を、件の店舗型ファッションヘルスへと向けた。
着くなり店長のおっちゃんに手早く着替えさせられて絶望した。
ピンクのウサ耳、バニースーツとは名ばかりの露出度の高い黒いエナメルのツーピース。下半身はほぼTバックにウサギの尻尾がついているパンツに、フリル付きのガーターベルトをつけられて、そこに網のニーソックスを吊られた。
「大丈夫! 似合ってる!」と裸の尻を叩かれて俺は騙されたと思ったが、国枝さんの命令は基本的に絶対なのだった。
店長いわく、客寄せのティッシュ配りと店内への客の案内を手伝ってほしいらしい。俺の情けない格好を見てケラケラと笑う国枝さんの顔が浮かんで殺意が沸いたが、どう脳内でシミュレーションしても国枝さんには勝てなかった。
で、これも仕事のうちと腹をくくって、ヤケクソのテンションで寒空の下ティッシュ配りをしていたところを、別件の仕事帰りに俺を迎えに来たカゲに見つかって今に至る、というわけや。
「痛いって、離せや……っ」
「そんな格好して、ふざけてるのかお前は」
「せやからしゃーないやろ! 俺だってこんなん、やりたくてやっとるんちゃうわ!」
半ば小脇に抱えられるようにして、俺はファッションヘルスの店内に連れ込まれた。
カゲが無駄に長い足でドアを蹴り開くと、薄暗いフロントで、自分の番を長椅子に座って待っている客の男たちが、びっくりしたように一斉にこちらを見た。
カウンターには女の子の写真のラミネートされたリングファイルが何冊か乗っている。奥の小さな小部屋に引っ込んでいた店長が慌てて飛び出してきて、突き出た腹でそれらをバサバサと落とした。
「わっ、ちょっと……えっ遠藤さん!? 困りますよ、その子は臨時の……」
カゲは恐ろしく冷たい目で店長を一瞥すると、
「奥の部屋、使うぞ」
とだけ言った。
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