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第二幕 1.ハッピーさんとワナビーくん④

 デジャヴだろうか。  庄助は、以前にも誰かに同じようなことを聞かれた気がした。  憧れだけで、極道の世界に首を突っ込もうとしてるのか? と。  誰に言われたのか、その部分の記憶がもやもやしているのと、単純に矢野に見つめられて焦っているのとで、何も思い出せない。  それに何か、大事なことを忘れてる気すらする。 「……えっと、すみません。俺、アホなんで。あんま深く考えたことなくて、でも」  思い出せないものは仕方ない。気持ちの悪い既視感を頭の隅っこに追いやって、庄助は間を保たせるためにポツポツと話した。  矢野の欲しい答えではないかもしれないが、とにかく口を動かしておかないと、なんとなく余計なことを思い出してしまいそうで怖かったのだ。  それに、東京に来てから確かになったことが一つだけある。 「俺は景虎……カゲと一緒に、この道の先を見たいって思ってます。それだけは確かです」  庄助は、矢野を真っすぐに見た。  突き合わせたヤクザたちの雁首(がんくび)が、またスンッと静まり返る。  あれっまた俺なんか……あかんこと言うてもーた感じ?  嫌な沈黙の中、隣の景虎はどんな表情をしているものかと、恐る恐る首を捻る。 「げ」  先程まで鼻の頭にシワを寄せていた景虎が、今度はクオッカワラビーの如くに口角だけを上げて、庄助を愛おしそうに見ている。  いつもの調子でつい、キモっ! と口走りそうになるのを堪えた。きっと嬉しくて、本当は今すぐ庄助を抱きしめたいのであろう。が、やはり矢野の手前、我慢をしているようだ。  何も言わず、じっとりと熱っぽい目線を送ってくる景虎の代わりに、今度は国枝が口を開いた。 「なに今の。プロポーズ?」 「ちゃいます!!」  食い気味に否定する。しかし、吐いた言葉を思い返してみると確かに、それっぽくはあった。まったくそんな気はないのに。 「よかったなア、景虎。いいんじゃねえか? 今はその男同士でもとやかく言われねえんだろ? ほらエル……ADSLっつーの?」 「LGBT」  がやがやと無神経に囃し立てる男たちに、庄助はすっかり辟易してしまった。  窓の外を眺めるふりをして、ガラスに映る景虎の少しゆるんだ横顔を盗み見た。  こうして、景虎の親代わりだという人間に会ってみると、今まで知らなかった景虎の過去が気になってくる。  矢野と、どんなふうに暮らしてきたんだろうか、どんな子供時代を送ったんだろうか、とか。柄にもなくそんなことを思う。  昔がどうとか親がどうとか、それに紐づけて自分を推し量られるのも、逆にこちらが推し量るのも、庄助は好きじゃない。  けれど、いつもこんなに傍にいるのに、自分の知らない景虎が居ることが不思議で、好奇心が頭をもたげてくる。  俺は、カゲのことを全然知らない。  そんな物思いにふける間もなく、また酒が運ばれてくるとそれを飲まされる。まったくヤクザというものは不器用で、アルコールでしかコミュニケーションが取れないのだろうか。  景虎と出会ってから、いつの間にか慌ただしく過ぎてしまったここ数ヶ月を、酒で鈍る頭が早くも懐かしく感じた。

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