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第二幕 2.インチキおじさん、登場①
「庄助くん、あーんして?」
「あ、ずるい。私もしたいのに~!」
昼下がりの乙女たちは、一人の青年の周りで笑い合う。
林檎色の頬、それは在りし日の夢。瑞々しい果実を摘むたおやかな指、それは美しい幻想。
民間老人ホーム『がるがんちゅあ』の談話室。庄助はこれ以上ないくらいに女性にモテていた。
入居者の平均年齢は実に82.4歳。生命の晩秋を越えてなお咲き誇る美しい花々たちに囲まれて、なぜか口に巨峰を次々に詰め込まれている。
「ステイステイ……おばーちゃんたち、俺の口は一個しかあらへんねんから、そんな大量にみんなで、ぶどうっ、ぶド……ぶ……ゥ」
口が閉じられないくらいに果実を入れられて、喉が詰まりそうで焦った。
噛み抜いた実から果汁が飛び出て顎に伝うのを、軽度パーキンソン病のオクダさんがガーゼタオルで拭ってくれる。これでは、どちらが介護者なのかわからない。
がるがんちゅあでは毎年夏になると、施設内で小規模に縁日の真似事をしたり、ステージでカラオケ大会などの催しをするらしく、今日はそのイベントのためのレンタル用品の諸々に関して、営業に来たつもりだった。
所長と話し合って貸し出しの段取りをつけ、今日この後はフリーだからどうしようか、とりあえず帰るか。と、踵を返したところを老婆たちに捕まえられた。
庄助は、ここに何度も顔を出しているうちに、老人たちの孫のように可愛がられるようになってしまったのだ。
「庄助ちゃん、クッキー持って帰らない? あたし、糖の数値が高くて」
「ほんま? もらってええの? ありがとう」
「聞いてよ。最近孫がユーチューブでメイク道具の紹介やってるの。それでこれもらったんだけど、口紅の色おかしくない?」
「ピンクかわええやん! 似合ってるで」
「今のCM見た? 真ん中で踊ってたの私の最近の推しなんだけど、ちょっと庄助くんに似てない?」
「嘘やぁん、俺そんな男前? 似てるの髪の色だけちゃう?」
別け隔てなく、話を聞くのを面倒くさがらない庄助の前では、老人たちもまるで若さを取り戻したかのように饒舌に話し出す。
ニコニコと彼らの相手ができるのは、介護の当事者ではないからこそだが、それでも庄助が来るだけで、まるで花が咲いたようにその場が明るくなる。
庄助本人は、自分にはカタギの仕事の才能がないと思っているが、コミュニケーション能力は決して低くない。馬鹿で短気には間違いないが、意外と気配り上手な性格なのだ。
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