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第二幕 3.人非人のフィロソフィー③
「こんにちわ」
「あ……っ!」
40後半といった年齢の、短髪で痩身のその男は、一瞬驚きと恐怖に満ちた顔を浮かべたが、すぐにスマートフォンを取り出した。
警察に通報をしようとしたのか、もつれた手で掴んだそれは床に転落、運よくマットの上に落ちたのを、景虎に素早く拾い上げられてしまった。
「あっら~偶然ですねミヤモトさん。いや、こんなとこで会えるなんて」
「ナニッ、何しに……!」
景虎が作業着の胸ポケットに拾ったスマートフォンを入れたのを見て、ミヤモトはさらに泡を食った。
「仕事ですよ。俺らレンタル業者なんで。それにしてもほんと偶然! ミヤモトさんのおうちって、広尾のほうじゃなかったですっけ? そうそう、娘さんの小学校が慶應なんですよね」
「なんでそれを……」
降りてきたエレベーターに、青ざめた顔のミヤモトを押し込むようにして、三人で乗り込む。すれ違いざまに出ていった主婦と思しき女は、こちらを怪訝そうに振り返っていた。
「そうだ、お家に絵画とかレンタルしません? ミヤモトさんは画家、誰が好きですか? 俺はロートレックなんかが好きでね……そうそう、最近サブスクのプランも始めたんですけど」
「……金は、少し待ってくれ」
エレベーターの扉がゆっくりと閉まった後、国枝は消え入りそうな声を出すミヤモトの肩にギプスの腕を回した。
「……もちろん。ミヤモトさんはウチのいいお客様ですから。返す意思があるよってことだけでも見せてもらえれば、今はそれで」
「返す意思というのは……?」
「いきなり全額じゃなくてもいいので、最初にいくらかまとめて返していただけます?」
三人を乗せた箱は、ぐんぐんと上昇する。
エレベーターに乗り込んだ際に、景虎が迷いなく愛人の部屋のある29階のボタンを押すと、ミヤモトは観念した顔つきになった。調べがついていることを理解したようだ。
「ではとりあえずひゃ……50でどうだろうか……」
高層階専用のエレベーターとはいえ、なかなか到着しない。たまに耳が痛くなるような重力を感じる。
ミヤモトは階数表示をじっと見ながら、額に多量の汗をかいている。
「あっは! やだな~、冗談がお上手で。1ケタ違いません?」
国枝はミヤモトの肩に載せたギプスで、ポンポンと軽く頬を打った。うっ、と息を呑んで国枝と景虎の顔を交互に見ると、ミヤモトは意を決したように語気を荒げた。
「い、言っておくが、キミたちのやっていることは違法だ。賭博も、そこでの高金利な金貸しも」
「うん? だったら何なんですか?」
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