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第二幕 3.人非人のフィロソフィー②
夕刻の公園を兼ねた広場には、小学生低学年と思しき少女たちが数人。すべり台の上で音楽を流してダンスをし、そのさまをタブレットで録画している。時代は変わったものだと国枝は思った。
シャトルバスが出ているほど駅から離れてはいるものの、その不便さを隠しても『自分の家の最寄り駅は東京の主要駅です』と見栄を張りたい人間にはちょうどいい物件なのかもしれない。
実際に、そこそこカネの有りそうな身なりの人、もしくは制服を着た宅配業者が、エントランスホールに頻繁に出入りしている。
「つーかもう夕方だよ。お腹すいたねえ」
そう言うと、国枝は背伸びと同時にあくびを吐き出した。座っているだけなのに、疲れと眠気が瞼の裏に蓄積したように、鼻の奥がじんじんと重く怠い。
景虎は、全くやる気のない兄貴分の代わりに、マンションの出入り口を鋭い目つきでじっと見つめていた。
「ほんとなら俺一人でも良かったんだけど。ごめんね景虎」
「いえ……フォローはちゃんとやります。お怪我、お大事に」
景虎はマンションの玄関から視線を動かさずに、少し声に険を含ませて言った。
国枝の右手の甲には、白いギプスが巻かれている。怪我をして中手骨 にヒビが入っているそうだ。
手首の方にはタバコでも押し付けられたかのような、丸い火傷の痕がいくつかある。それだけでなく、耳やこめかみにも同じような怪我がちらほら見える。
矢野との会食の数日後、飲み屋でひっかけて寝た女が、敵対組織である川濱組の人間の情婦だったとかなんとか言っていた。それで、捕まって手酷いリンチを受けて帰ってきたらしい。
「もー、怒んないでよ」
「怒ってはいませんが、軽率さに引いてはいます」
「ちゃんと向こうとハナシはつけたし、自分でケツは拭いたから許してよ。ね?」
ヘラヘラとした口調は、反省をしているとは到底思えない。
矢野にも腕を買われている幹部のくせに、しかもアラフォーのくせに。さすがにいい加減すぎる。景虎は呆れ、わざと聞かせるように大きなため息をついた。
その時、
「あ」
ターゲットの男が、マンション前のプロムナードを、ゆらゆらと歩いてくるのが見え、二人は同時に短い声をあげた。こちらには気づいていないようだ。
工具箱を掴むと、二人は業者のふりをして男の後をつける。
オートロックのドアが開くと、天井には大きなシャンデリア、大理石の床と、それと同じ素材の待ち合い用の椅子が据えられた、大昔の成金趣味のようなエレベーターホールが見えた。
エレベーターを待つ男の肩を、国枝は優しく捕まえると、にこやかに挨拶をした。
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