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第二幕 3.人非人のフィロソフィー①

「ああは言ったけど、庄助の気持ちもわかるよ、俺」  景虎は驚いた。  悪鬼羅刹、拷問の宝石箱と呼ばれてはばからない国枝が、人の気持ちに寄り添う発言をするなんて。  もう6月も終わりだというのに、雪でも降るに違いない。景虎は思わず空を見上げた。  湿度が低く涼しい、いい気候の夕刻だった。都会の賑やかな空を射抜くような、32階建てのタワーマンションのてっぺんが、逢魔が時の薄紫のベールを纏いはじめる。 「憧れてるものを頭ごなしにダメって言われちゃ、反発したくもなるでしょ」 「そういうものですか……?」 「そういうものだよ。ていうか庄助って、意外と猫っぽいよね」  国枝は、片手間に工具箱の中身を確かめながら言った。 「ねこ、ですか?」 「そう。最初は犬っぽいと思ってた。でもよく付き合うとそうでもないね。人懐っこいのかなって思ったら、実はガンガンに警戒してる感じとか、いつもキャーキャーうるさいのに怖がりなところとか、猫みたいだよねえ」  仔猿と言われたり猫と言われたり、タスマニアデビルと言われたり忙しいな、と景虎は思ったが、確かにそういうところは猫っぽい。可愛がろうとすれば、触らせてくれずに逃げていくところも似ている。 「はい。猫は言うことをきかないですしね……」  景虎はどこか寂しそうに言った。未だに、庄助の盃の事は納得していない。  タワーマンションの下の、公園も兼ねた小さな広場のベンチに、いかつい男が二人して座っている。  いつもの、いかにもヤクザ然とした服装ではなく、作業着に身を包んでいる。帽子を被り、傍らに工具箱まで置く念の入れようだ。  もちろんカモフラージュのためだが、彼らの肩書きはあくまで“ユニバーサルインテリアの社員”だ。社員証も名刺もある。いざとなれば、作業のために来ているという建前でゴリ押しするつもりだ。  景虎と国枝は、賭場の借金をいつまでも返さないミヤモトという40代の男を追っている。  ミヤモトは、肩書きは大手の商社の重役だが、ギャンブル依存症で借金癖まである。  返済期間を過ぎても一向に連絡すらよこさず、その上仕事で国内外を飛び回っているのでなかなか捕まらない。  負債額は利子込みで実に約3000万円。一日で拵えた額ではないが、織原の賭場だけでこれだけあるということは、他のシマでも相当つまんでいるに違いない。  そのミヤモトが愛人のマンションに出入りしているとの情報を得た。  とにかくタチが悪い男だが、借金を返済してもらわないことには話にならない。他の組にも負債があるのならば、どこよりも先に返済させたい。  これは大きなシノギだ。だからこそ織原でも指折りの武闘派の、国枝と景虎の二人が出張る事になったのだ。  が、ターゲットはなかなか姿を現さず、時間が停滞しているように過ぎるのが遅い。

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