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第二幕 3.人非人のフィロソフィー⑤

「ウチは“レンタル業者”なんでね。貸したものは必ず返却してもらわないと」  と、大の男をニコニコと笑いながら責め苛む国枝の姿を見て景虎は、やはりこういう事は庄助にはやらせたくないし、自分が仕事をしている姿も見られたくない、と強く思った。  帰り際、マンションのエントランスにある大きな鏡に、自分が写った。青ざめた頬に、やたらぎらついた目だけが光っていて、まるで幽鬼のようだった。  先程ミヤモトは景虎たちを「ニンゲンじゃない」と言ったが、彼の目には余程恐ろしく映ったことだろう。  いびつで情けないと思った。  暴力事でしか生計を立てられない、誰にも必要とされていないどころか、健全な社会を害する存在である自分が。  少し前までは、自分がいびつであることに嫌悪感を抱いたりしなかったのに。  一刻も早く家に帰って庄助に会いたかった。あの柔らかい金色の髪の匂いを嗅いで、自分の中で擦り減った何かを補給したかった。  庄助は「俺はお前が思うほどいい奴じゃない」なんて言うが、景虎にとって彼はとても眩しく見える。  ヤクザに片足突っ込んでおいて、それでもいい奴でいたいだなんて考えるだけ、なんてまともなんだと思う。  景虎は、庄助の素直で欲望に流されやすいくせに、なんとか自分らしさの範疇に踏みとどまろうと、無意識に努力しているところが好きだ。俄然そそる……し、尊敬してもいる。  景虎はふと思い返す。  庄助が自分の腕の中で、あられもなく感じている顔を。  最初は嫌がる素振りを見せるのに、キスをしている間にだんだんと力が抜けてくる。酸欠になるくらいしつこく口づけて、練り上げた唾液がぬるく甘くなるころには、もうとろけ始めている。  暴いて、匂って、辱めて。  そうやって諦めて抵抗しなくなったところを、思い切り犯すのがいい。力で押さえつけることもできるが、彼自身の意思で勝てないと理解して身体を委ねて、できるだけ辛くないようにと、泣きながらきつくしがみついてくるのが好きだ。  庄助の泣き顔には、抗いがたい魔力がある。それこそ、悪魔のようだ。    庄助のことを思うと胸がドキドキしてきた。帰ったら会える、また触れることができる。そう思うと、景虎の心ははやる。  こんな、高級タワマンに住んでいるという事実だけがほしいような、人生をかけた見栄っ張りたちの巣穴からはとっとと這い出して、一刻も早く、あの桃のような子供っぽい丸みを帯びた頬を食みたかった。  ふと自分のスマホを見ると、その庄助からメッセージが入っていた。 『今日、むこうださんとごはんいってくるー てきとうになんか食ってて』  無情な文字列に、ショックすぎて軽く気絶するかと思った。  このところ庄助は、向田と仲が良い。この前も飯を食いに行って、酒を飲んでベロベロになって帰ってきた。  あんな胡散臭いオッサン、特に気にかけたことすらなかったのに。向田とは年に1回か2回、組の会合で顔を合わすと挨拶する程度だ。  そんなぽっと出のやつが、庄助と過ごす時間を自分から奪ってゆく存在だと思うと、どうにも腹が立って仕方がない。  気安く向田なんかと遊びに行ってしまう庄助に対しても、裏切られたような気持ちでいっぱいになる。  スマホの画面を仇のように睨みつける景虎に、国枝は不思議そうな目を向けた。

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