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第二幕 5.虎に耽溺②
「それ飲んだら寝ろ」
景虎が背を向けたので、庄助は呆気にとられた。こんなところで終わるとは思っていなかったからだ。
くしゃくしゃと撫でられた髪が、もうすでに頭皮ごと熱いのに。
なんや作戦か? 焦らし作戦か? うそやろ、ちんこの権化の景虎が? ゴルゴばりの絶倫のくせに、チューだけして、寝ろ?
納得がいかなくて、勢い余って多めに口に含んでしまったお茶で、口の中を火傷した。
流しの中に緑茶の残ったマグカップを置いて、キッチンの電気を消すと、ソファベッドの横に布団を敷いている景虎のところへ行く。皮のめくれた上顎が、ヒリヒリした。
「どうした」
「べつに……明日休みやし、もーちょい起きてよかなって」
「そうか。テレビ、つけるならつけてていいぞ」
そう言いながら、敷いた布団に潜り込む景虎の背中を、ソファに座った庄助のつま先がぐいぐいと押した。
「……かまってほしいのか?」
「ちゃうわアホ、お前が無駄にでかいから。足に当たんねん、邪魔やねん」
どうも庄助は景虎に対してだけ素直になれず、可愛げのないことを言ってしまうようだ。他の人間になら、愛想を振りまくのも特に苦痛じゃないのに。
本当は、こんなことがあったという話を聞いてほしかった。言葉少なな景虎の口から、意見を聞きたかった。
向田の挑発に乗らなかった。自分は景虎の相棒だから、先走らずに我慢した。だから、少しくらいご褒美がほしかった。
さっきみたいにくっついて、ちょっとだけならキスしていいから、もう少し話していたい。
……なんて、正直に言えるわけがない。
自分たちは恋人じゃない。そんな甘えるような仲ではない。
それにもう夜中だ。壁掛け時計の針は、今にも2時を指しそうだ。
じゃあもう寝る選択肢しかないやん。一人で起きててもつまらんし。それになんか……期待してるって思われたらごっつムカつくし。あかん、寝よ。
ベッドサイドの充電器を、スマホに挿し込んだ。肩にかけていたタオルも、もう洗濯かごに入れに行くのが面倒くさくなって、ソファベッドの足元に追いやる。
照明を落とそうと、庄助はローテーブルの上のリモコンに手を伸ばした。
「来ないのか?」
電気が消えて真っ暗になった、光の存在しない深海のような夜のしじまに、湿った低い声が落ちる。
「なに……」
ぱふ、と布団をめくる小さな音がして、振り返ると、景虎が身体を起こしているシルエットがあった。
「こっちに来いよ、庄助」
低い声で名前を呼ばれただけで、庄助の腰の奥がツンと痛くなる。まるで、存在しないはずの子宮が疼くみたいで不思議だった。
「……あ」
嫌だと言おうとした。
なのに、空調に乗って流れてきた景虎の寝床の、男っぽいにおいがすると、もうだめだった。いっそ強引に、その中に引き込んでくれればいいのに。
言葉をなくしてしまって、数秒の逡巡。手を伸ばせば触れる距離が、とても遠く感じた。
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