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第二幕 5.虎に耽溺①
向田に連れ回され、くたくたになって夜中に帰ってきた庄助に、景虎は存外優しかった。
庄助はそっとアパートの階段を上り、アリマにもらったラッコのキーホルダーを着けた家の鍵を、音を立てないように差し込んで慎重に回した。
……にもかかわらず、内側からドアが開いて、部屋着の景虎に「おかえり」と言われた時は肝が冷えた。
嫉妬深い景虎のことだから、連日のように飲み歩いていることを、そろそろ咎めてくるのではないかとビクビクしていたが、そんなことはなく、身構えていた庄助は拍子抜けしてしまった。
「温かいものでも飲むか?」
風呂上がりの庄助に、Tシャツ姿の景虎がキッチンから声をかけた。電気ケトルの中の湯が、コポコポと噴き立つ小さな音が聞こえるほど、外は静かだ。
「熱いの苦手や~」
「熱い茶の方が、酒が早く抜けるぞ」
肩にバスタオルをかけたまま、洗面所から出てきて、緑茶の入ったマグカップを手渡された。
メガネをかけた黄色い3匹の謎の生物の絵が描いてあるそれは、庄助が地元から持ってきた、大阪のテーマパークのお土産だ。
「ん……ありがと」
立ったまま口をつける。唇の先端が熱くて、猫舌の庄助はぎゅっと目を閉じた。景虎はどこか真剣な面持ちで、庄助を見ている。
「どうだ、向田についていって、なにか得るものはあったか?」
「え~……」
眠そうに手のひらで目をぐしぐしと擦りながら、庄助は嫌そうな顔をした。
「まだ、わからん」
「そうか。……疲れた顔してるな」
景虎は、俯く庄助の金色の前髪をかき分けた。いたわるように、まるい額に優しくキスをする。
「あ、あっついの持ってるからあかん……!」
「ふふ」
制止の言葉も聞かず、柔らかい顔周辺の肌を食む。夜の静寂の中に、ほんの小さなリップ音がよく聞こえる。
「庄助にキスするの、久しぶりな感じがする」
「ほんの何日かやろ……んん」
熱い緑茶を持っているせいで身動きが取れないからか、はたまた嫌ではないのか。庄助はキスをされるがままに、じっと受け入れている。
しょっちゅう身体を求められてうんざりしていたのに、数日触れ合わなかっただけで、新鮮に思える。
景虎の唇が触れた箇所が、ピリピリとする。髪を撫でられながら額や鼻先に軽いキスを受けて、こんなのまるで恋人みたいだ。
風呂上がりの身体が、いっそうぽかぽかと茹だってきた。
下唇に軽く歯を立てられて、小さく声が出た。やばい、スイッチが入ってしまう。と思ったところで、そっと景虎の身体が離れた。
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