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第二幕 10.囚われの子猫と末法の姫君④
ただの商品だ、そう言いかけて口を噤んだ。
景虎が言っていた言葉の意味を、庄助はここにきてやっと噛み締めている。厭な言い方だと思ったが、それ以外に例えようがない。
向田が自分たちを見る目も、かける言葉も、全て商品に対するそれで、それ以上でも以下でもないことがわかった。
「ただの、なに? あたしらの何がわかるんだよ」
「わかるやろ、普通に……マトモやない、つーか恋人に身体売らせるとかおかしいって思うやろ」
「……でも! こっち出てきて、あたしをちゃんと相手してくれたのは、ネンジくんだけだったもん」
「だからなんやねん。ホンマ、だからなんやねん!? 2回言うてもーたわ。相手してくれたら殴ってええんか? 身体売った金渡してええんか? 考えろ、しっかりしろって!」
庄助はヒカリの肩を掴んだが、触るなとばかりに振り払われてしまった。
「はあうるさっ……! もういいよ。じゃあ早坂さん、あたしを殴ってここ出ていけば? 大丈夫だよ慣れてるから」
自虐的な挑発だった。
別に拘束されているわけではない。確かにここでヒカリを突き飛ばして、あるいは殴って言うことを聞かせれば、外にいる向田たちの隙を見て脱出できるかもしれない。クローゼットの中には、庄助が着てきた服が入れられているのを知っている。
でもそれをやると、向田と一緒になってしまう。庄助は唇を噛んだ。女を殴るなんてできない。拳でヒカリの頬を打ち据える想像をしただけで、魂が穢れてしまうようで庄助は身震いをした。
「それは……できへん。でも、やらしい仕事もできへん」
「……は? なんで? 早坂さんだって、風俗で女抱いたことくらいあんでしょ? 逆は嫌なのかよ、男ってほんと自分勝手だな!」
いきなり眼前で怒鳴られた。口の端に白い泡が溜まる勢いで、ヒカリはまくし立てた。
「早坂さんて、女が好きで知らない男のチンポしゃぶってると思ってんの? セックス好きだからこの仕事してるって思ってる? 思ってんでしょ。ヤクザに騙されて、こんなとこに連れてこられるくらいのバカだから!」
吐き捨てるような、蔑むような。今まで散々金で蹂躙されてきた女の、悲憤の詰まった叫びだった。
「っ……ヒカリちゃんのほうがアホやんけ! 俺は、一緒に遊んで楽しかったのに……」
ズレた反論だったが、ヒカリはそれを聞いて、何か言いたげに小さく息を呑んだ。
左手首の可愛らしい刺青が、さっきからチラチラと庄助の視界に映る。
傷ついてきた気持ちを、上から塗りつぶしてなかったことにしたウサギのタトゥーは、ヒカリという人間を表しているようで悲しかった。
ピピッという小さな電子音の後、部屋の施錠が開く音がした。先程の運転手をやっていた男を伴って、向田が部屋に入ってくる。40半ばに見えるその男は大きな機材を、向田は手提げの黒いカバンをそれぞれ持っている。
「用意できたか?」
「……うん」
ヒカリは庄助から身体を離すと、向田に向かって微笑んだ。
その微笑みがあまりにも嬉しそうで、庄助は絶望した。向田が来てしまっては、自分の言葉はヒカリに、もう届かない。
雨の音がする。本降りになってきたのであろう。ホテルの小さな窓の表面を洗い流すような音が、ざあざあと響いた。
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