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第二幕 10.囚われの子猫と末法の姫君③

 向田が、写真撮影の用意をしてくると言って出ていったまま、もう小一時間になる。  一生来なければいいのに。なんかの間違いでエレベーターに挟まって死んでくれへんかな……などと、庄助は馬鹿なことを願った。  確かに、ヒカリと遊びに行ったのは良くないと思う。が、こんな屈辱的な形で精算させられるなんて、指を飛ばされたほうがほんの少しだけマシかもしれないとさえ思った。  向田の言う男の娘ヘルスとやらが、具体的になにをするかは知らない。けれど、いやらしい格好で、不特定多数の男といやらしいことをする仕事だということだけはわかる。  とてつもなく嫌だった。知らない男に触られるのは庄助にとってトラウマだったし、それよりも。  俺が他の男にヤられたら、カゲは俺のこと、汚いって思うんやろか。ヤクザの女に関わるなって言われたのを聞かずにこんな事になって。……しくってもーたなぁ。  しかも「俺は大人だから一人でできる」と豪語して家を出てきて、その結果がこの有り様だ。  景虎に愛想を尽かされる未来を思うと、暗澹たる気持ちになった。  昨日の夜の、あの優しい景虎の熱や吐息が、何だか遠い昔のことのようだ。 「かわいーじゃん」  すっかり元気をなくしてしまっている庄助の頭、その左サイドに金色の巻き髪のエクステをくっつけて、ヒカリは満足気に微笑んだ。  垂らしたまとめ髪の形になったそれは、左右両方着ければ、ツインテールになってしまう。いくらなんでも、そんなふざけた髪型できるか。庄助は頭を振ったが、ぴっちりと庄助の毛を噛んだクリップは外れなかった。 「ヒカリちゃん……! やっぱ俺、こんなことしたないてっ!」  情に訴えかけるように、ヒカリの目を見た。グレーのカラーコンタクトの奥の瞳が、女の格好をした庄助の姿を見返した。 「何言ってんの早坂さん?」  右の側頭部にもう一つ、エクステのクリップがぱちんと音を立てて装着され、庄助はアニメに出てくるような金髪のツインテールヘアになった。 「さっき言ってくれたでしょ。俺にできることないかって。それがこれだよ。あたしのためにおぢの相手して、お金儲けてください。そしたら、ネンジくんも早くヤクザ辞められるし、あたしも一緒に暮らせるんだ」  ヒカリは嬉しそうな表情をしたが、目は笑っていない。裸の両肩に、人工毛の束がサワサワと触れて、痒くて不快だ。 「それ、本気で思ってるんか? 絶対嘘や、金だけ巻き上げるに決まってるやん。ヒカリちゃんも俺と同じ、向田にとってただの……」

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