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第二幕【エピローグ】なるかみ、とよみて③
「よ、景虎に仔猿ちゃん。こないだぶりだァな」
「おやっ、親父さん! お疲れ様です!」
庄助も必死に周りに倣い、金髪をペコペコと下げてみせる。
「なんか色々あったみてェだが、結構結構。おれァね、ウチの景虎と仲良くしてくれりゃそれでいいのよ」
矢野はニコニコと笑うと、庄助が食べようとしていたマルゲリータを奪って口に入れた。
「そうだ、仔猿ちゃん。今日はびっくりどっきりゲストがいるぜ」
唇の辺りをトマトソースで赤く染めて、矢野は言った。近くにいたナカバヤシが慌てて、ウエットティッシュと常温の日本酒を持ってくる。
「ゲスト?」
庄助は首を傾げて、その後景虎と目を合わせた。景虎も、まったく分からないといった顔をしている。
「大事な約束したんだろ? もしかして忘れてんじゃねぇだろな。おーい、静流 。入ってきな」
「しずる……!?」
矢野がドアの向こうに声をかけると、カチャリと控えめにドアが開いて、スラリと背の高い、スーツ姿の細身の青年が入ってきた。
庄助よりも色の抜けた鮮やかなプラチナブロンドの前髪の下の、切れ長で色素の薄い瞳が、事務所の中をキョロキョロと彷徨った。
「にっ……“兄ちゃん”!?」
庄助は思わず声を上げた。
事務所の入口に佇む彼こそが、庄助を織原組、ひいては矢野に紹介した人だ。
「え、庄助?」
“兄ちゃん”と呼ばれた男は、弾かれたように顔を上げると、庄助の姿を認めて駆け寄ってきた。
そして、なんの躊躇いもなく庄助の手を両手で握ると、少し腰を低くして顔を覗き込んだ。
「わ、庄助! 金髪にしたんや? 黒髪の“タスマニアデビル”じゃなくなってる。かわいい~!」
わしわしと無遠慮に庄助の髪を撫でる知らない男の姿を見て、景虎はまたしても白目を剥いた。束ねた髪の下、うなじにサソリの形のトライバルタトゥーが見える。
いきなり情報が多すぎる。景虎は混乱した。
兄ちゃん? 親父と知り合い? タスマニアデビル? 庄助の兄? それにしては似てなくないか? 黒髪の庄助を知っている? ヤクザに関係ある?
などと、嫉妬と混迷極める頭の中に、ついランプの魔人が浮かぶほどだ。
「眉ピもまだ、開けてくれてんや? むっちゃうれしー」
「兄ちゃん……! びっくりした、どしたん? もう、日本に戻って来てたん?」
こちらを気にすることもなく、他の男と親しげにする庄助を見ていると、景虎の中の醜い感情が頭をもたげる。
誰なんだそいつ。殺せ。なるべく苦しんで死ぬように殺せ。
景虎は苛ついた気を静めようと、窓の外に目を遣った。
先程まで晴れていた空が、いつの間にか一瞬にして暗くなっている。
残念ながら、天気予報は当たってしまったようだ。
「庄助、ヤクザになったんやな。じゃあ……約束守ってもらうな」
「約束?」
「ボクに彫らせてくれるんやろ? ……刺青」
庄助の中で引っかかっていた既視感のピースがぴたりとはまったのと同時に、不穏な遠雷がゴロゴロと轟き始めた。
まるで、大きな猫の喉の音だ。
やはり猫は、室内飼いにするべきだろう。
景虎は、庄助と“兄ちゃん”の横顔を、交互に睨みつけてそう思った。
[終]
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