154 / 168

第二幕【エピローグ】なるかみ、とよみて②

 今、国枝がもたれている壁のあたりは、先日は四つん這いの向田が、国枝専用の椅子として佇んでいた場所だが、どこに行ってしまったのだろうか。  まさか死んだのでは……いや、人を消すコストだかリスクだかがどうこうと、確か国枝は言っていた。だからそれはない。そう信じたくて、庄助は一人で頷いた。  日に焼けた向田の裸の背中を思い出すと、嵌められひどい目に合わされた身とはいえ、庄助はかわいそうに……という気持ちになったのだった。 「意外とこういう機会ってないから、みんな楽しんでるよ。さすが庄助だね」  不意に褒められて、庄助は向田のことを一瞬で忘れた。国枝に頭を撫でられて、嫌がるどころか嬉しそうに目を輝かせている。 「ホンマですかっ!? 俺、昔からみんなでお菓子パーティーとかやるの好きなんです!」 「あらそ~。じゃあ庄助を、ユニバーサルインテリアのお菓子パーティー大臣に任命しちゃおうねぇ~」  酔っ払っているのか、国枝は庄助を抱き寄せて、頬をぷにぷにと摘んだり尻を揉むなどした。景虎は嫉妬のあまり、密かに白目を剥いた。 「てか、親父さんも遊びに来るんですよね? ピザでええんかな、だいぶ食いかけやし、新しいの頼みましょうよ」  まとわりつく国枝の腕を避けながら、庄助は言った。 「あの人は、俺の手料理があればご機嫌だから。向こうの部屋で一応何品か作ってるから大丈夫だよ」  国枝は親指で壁の向こうを指した。ユニバーサルインテリアには、組員が泊まり込むための部屋が同階にあり、簡易なベッドやキッチンなども備え付けられているのだ。 「人肉料理じゃないですよね……?」  あらぬ疑いを向ける庄助に、国枝は不意打ちを食らったようにゲラゲラと爆笑した。 「あっははー! そんなわけないでしょ! ね、景虎ぁ。言ってやってよ」 「……国枝さん飲み過ぎじゃないですか? 庄助こっち来い、煮込まれるぞ」  景虎に腕を引っ張られて、庄助はよろめく。ふと、窓の外の風景が目に入った。  人工的に植わった街路樹と、差し向かいにあるビルの窓に貼られた『過払い金が返ってきます、まずは相談を!』というポスターの白い文字。いつもと変わらない、晴れた都会の空だ。  一瞬、ビルの向こうで雷が光ったような気がした。 「よォ、もうおっ始めてるンかい。仔猿ちゃんたち」  とりあえずピザを食べようと、庄助がテーブルに手を伸ばしたその時、入口の方から声がした。  ざっくばらんに談笑していた組員たちが、ビシッと姿勢を正し、壁際に退いて道を開ける。  屈強そうな男たちが、杖をついた細い老人に、一斉に(こうべ)を垂れる様は圧巻だ。

ともだちにシェアしよう!