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第三幕 一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国①

 雲が空を覆い始めた。ビルの外は次第に風が強くなり、嵐の兆候を示し始めている。  株式会社ユニバーサルインテリアの事務所、ならず者の隠れ家。その中で行われる、ヤクザたちの仁義なきピザパーティー。  今まさに早坂庄助(はやさか しょうすけ)の頭上で、二人の男たちの戦いの火蓋が切って落とされた。 「庄助、どういうことだ」  織原の虎こと、遠藤景虎(えんどう かげとら)が一歩詰め寄る。柔軟性に富んだ豊満なマッスルボディを、虎と般若の刺青で染め上げた美丈夫だ。  庄助に向ける愛情と性欲の強さなら誰にも負けない。愛と性の女神、アフロディーテも裸足で逃げ出す危険な男が、リングに足を踏み入れる。 「ほんま久々やね、庄助。乾杯しよや」  彗星のごとく現れた挑戦者、首の後ろにサソリの刺青を持つ男、萬城静流(ばんじょう しずる)が、不意打ちで庄助の肩を抱いた。  白金の長髪を靡かせ、優雅な仕草で庄助の鼻先にワイングラスを差し出す。まるでここだけシンデレラ城だ。  見えない火花が庄助の眼前でぶつかって飛び散る、一人の男を賭けた戦いの勝者はどっちだ。  庄助は睨み合う初対面の男たち二人の顔を交互に見上げた。何だかさっそく険悪な雰囲気ではあるものの、腹が減っていた庄助はとりあえずピザを頬張った。  香ばしい照り焼きチキンの上に甘いコーンがトッピングされている、庄助の好きな味のピザだ。 「すまない、ウチの庄助はワインが好きじゃなくてな……」  差し出されたグラスを、景虎がやんわりと押しのける。そのついでに庄助の腰に腕を回し、守るようにピタリとくっついた。庄助の頬が、景虎の柔らかくて分厚い胸板にめり込む。 「これ子供用のノンアルですよ。ボクら幼なじみなんで……庄助が酒に弱いのは知ってますよ」  そう言われて見てみると、飲料の表面にシュワシュワと小さな泡が立っている。確かに、淡い黄色の液体から糖分と香料の甘い匂いこそすれ、アルコールの香りはしなかった。 「はい、庄助」  静流は庄助の肩から手を離すと、グラスを手渡した。景虎にくっついて子供用シャンパンの泡の弾けるのを見ている庄助の髪ごと、頭をポンポンと撫でる。 「なっ……!?」  あまりの自然な流れの頭ポンポンに、景虎は絶句した。  庄助が目の前の飲み物に気を奪われる、その一瞬のタイミングを熟知しているのを感じた。幼なじみだというのは嘘ではなさそうだ。  景虎は、静流のどこか女性的な面差しを睨みつけた。油断ならない男だ。 「おう静流、こいつは儂の息子の景虎。庄助の住み込み先の、いわば兄貴分だなァ」  ピザを二枚ほど食べ終えてようやく、二代目織原組現組長、矢野耀司(やの ようじ)はこちらを向いた。小柄で細身だが、真っ直ぐ背筋の伸びた老人だ。 「萬城です。矢野さんにはいつもご高配を賜っております。どうぞよろしくお願いします」  静流は景虎に向かって恭しく頭を下げたが、景虎は庄助の腰を抱いたまま何も言わなかった。  静流も飲めよ、矢野にそう言われて彼は、庄助の持っているのと同じ形のワイングラスを手に取った。 「ボクの紹介は、庄助にやってもらいたいなぁ。ええやろ?」  標準語のイントネーションの混じった関西弁で話しかけられ、子供用ワインを舐めるように飲んでいた庄助は顔を上げる。  テーブルに自分のグラスを置いて景虎の腕から逃げ出すと、静流の隣に立った。  矢野に見られていて緊張する。小学生の発表会のように、無駄に背筋を伸ばして声を出した。

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