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第三幕 一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国②

「ええっと兄ちゃんは、地元が一緒の幼なじみです! 昔は一緒にヤンチャしとったけど、今はアーティスト? を、やっててかっこよくて……ていうか、なんで兄ちゃんて、ここにおるんやっけ?」  庄助は静流の顔を見上げた。 「なんでもなにも、織原組を庄助に紹介したのはボクやろ?」 「あ、そやった……」 「ボクの親が矢野さんにお世話になっていまして。遠藤さんにも、庄助ともども仲良くしてくださると幸いです」  まるで庄助が自分サイドだと言わんばかりの物言いに、景虎は露骨にムッとした。今すぐあの王子様めいた嘘くさい笑顔のど真ん中に、右ストレートを叩き込みたい。  というか、なんなのだこいつはさっきから。景虎は憤慨していた。  矢野の知り合いだかなんだか知らないが、こんな掃き溜めみたいな場所にわざわざ入ってきてキラキラした(よう)のオーラを放って、俺はお前らとは生きる場所が違うんですけど同じステージに立ってやることもできますよ、なぜなら俺は人間味に溢れた優しい人物だから。みたいな顔をしている。  まるで陰キャの集団の中に入って無双しようとするオタサーの姫のようなやり口に、景虎は嫌悪感を覚えた。  人間、一つ嫌になれば何もかも嫌に見えてくるもので、庄助とベタベタしている、幼なじみ、仲が良い。そのことだけで、殺したいほど嫌いになるには十分だった。 「で、お前ェらの大事な約束ってのはなんなんだ?」 「ああ……それはですね」  矢野が問いかけると、静流は長い前髪を耳にかけ、おもむろに景虎に向かって微笑んだ。背後に花を背負ったような、妙に芝居めいた挑発的な笑顔だ。 「ボク、仕事でボディアーティストやってるんですけど……庄助に織原組を紹介する代わりに、タトゥーのモニターになってもらう約束したんです」 「なっ……」  景虎が絶句して振り返ると、バツが悪そうな顔をした庄助と目が合った。  たまに悪気なく「カゲみたいなかっこいい刺青いれたい」などとのたまっているのを聞いていたが、そんな約束をしていたことは初耳だ。 「ほォん? 仔猿ちゃんは墨入れたいのかい。今時の子にしては珍しいな」 「庄助は肌がキレイやし、裸になったときの筋肉のつき方がいいから、美しい作品になると思います。出来上がった暁には矢野さんもぜひ見たってください」 「兄ちゃん! えと、その話はまた別で……」 「もちろんええよ、二人でゆっくり決めていこな」  一字一句、静流の発する言葉の全てに腹が立ちすぎて、景虎は言葉が出なかった。こういった感情になったことが今までになく、脳が処理しきれない。怒りのあまり耳から煙が出て、機能停止になりそうだ。 「ていうかさ」  固まる景虎をよそに、静流は少し身をかがめると、庄助を覗き込むように頭に触れた。  思わずビクッと動きを止めた庄助の前髪を、ふわふわと手の甲で撫でてから、左眉のピアスを指で引っかくようにした。 「にいっ……?」 「なぁ。これ、ボクがあげたやつ?」  眉の上下を繋ぐ、皮下に埋まったシャフトを探るように撫でられるとぞわぞわした。細い指先がピアスの形をなぞってゆく。 「あ、うん、そう……まだつけてる」 「嬉しー!」  静流の王子様のような顔が、くしゃりとしたあどけない笑顔になる。昔から庄助が好きな、兄ちゃんの微笑みだ。  思わず嬉しくて恥ずかしくなって沈黙していると、斜め前方からどす黒い殺気を感じた。景虎だ。景虎の静かで昏く粘ついた怒りが地を這って、庄助にまとわりつくようだった。  他の組員が何事かとこちらを見るほどに、殺意の波動を隠さない。にも関わらず静流は、ニコニコと庄助の眉ピアスを弄ぶばかりだ。 「これ開けた時、庄助めっちゃ怖がってぷるぷる震えてて、針刺してるこっちがめっちゃドキドキした」 「ふっ、震えてへんし! なぁ、兄ちゃんこんなとこでやめよや……」  どうしたらいいかわからず触れられるがままになりながら、景虎の顔を盗み見る。シワを寄せた眉間の下、怒りと嫉妬に満ちた双眸が庄助を捉えている。もうすでにこのあと、二人きりの家に帰るのが怖かった。

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