173 / 381

第三幕 一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国③

 庄助が縮こまっていると、向こう側の机から細身の男がふらふらとロックグラス片手にこちらへやってきた。  彼は同じような背丈の静流の目の前に立つと、ヒゲの生えた口元を人懐っこく歪めてみせた。 「萬城って、あのバンジョーフードカンパニーだよね? あそこの息子さん? あっら~。どうぞウチの商品もよろしくお願いします、これ名刺で……」 「ちょっと国枝さん、それは昨日行ったラウンジの女の子の名刺でしょ」  すでにウイスキーのボトルを一本空けて酔っ払った国枝聖(くにえだ せい)が静流に絡みに行くのを、ナカバヤシの太い腕がいつものように制する。  それによりふっと、場の空気が緩和する。静流がピアスのキャッチを弄んでいた手を引っ込めたので、庄助は胸を撫で下ろした。 「国枝さん、お噂は矢野さんからかねがね。ボクのスタジオ、本当に小規模なんですが……そちらで何か入り用なものがあればレンタルさせていただこうかと」 「それはそれはありがとうございます。ぜひご検討いただけると……ん、萬城さんて庄助の幼なじみなんだ? へ~」  国枝は、庄助の迷惑そうな顔、静流の爽やかな笑顔、景虎のヤブイヌみたいな顔をそれぞれ順番に見比べるとケラケラと笑った。 「意外と面食いだよねぇ、庄助って」 「ど、どういう意味ですか?」  そのまんまの意味だよ~と、猫の子のように顎の下を撫でられて、庄助は酒くさっ! と眉をひそめた。 「聖、おめェは。酔っ払って絡むのやめろってンだ」  矢野が国枝の後頭部を軽く張った。  織原組の錚々(そうそう)たる面子が揃っている。こんな、子供みたいなピザパーティーに。自分が言いだした企画だとはいえ、庄助はだんだん恐ろしくなってきた。  矢野は、絡まれている庄助を救出するように事務所の真ん中に引っ張ってくると、日本酒のグラスを握らせた。  矢野が柏手(かしわで)をひとつパンと打つと、事務所内のヤクザたちの視線が一気にこちらに集まる。 「今日は新人の仔猿ちゃんの歓迎会だ。これから色々教えてやって、一人前にしてやってくれ」  その言葉と矢野がグラスを高く掲げるのを合図に、バラバラに飲み食いしていた組員たちが一斉に乾杯をした。  主役だと紹介された庄助は、頑張ります! と大きな声で宣言すると、またしても苦手な味の日本酒を飲み干し、喉を焼いて身を震わせた。 「いやぁたまにはこういうスタイルも悪くねェな、小学生のお楽しみ会みたいで。立食だから腰は痛ェが……」  矢野が誰にともなしに言うが早いか、組員が応接室に置いている一人掛けのソファを慌てて持ってくる。  かっこいい。親父さんみたいに、何か言えば勝手に人が動くくらいの偉いヤクザになりたい! 庄助はキラキラした瞳を矢野に向け、決意を新たに固めた。

ともだちにシェアしよう!