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第三幕 一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国④
「そうだ景虎、お前明日ウチに早めに来てくれるか」
張りのあるレザーのクッションに腰を沈めながら、矢野は言った。
「誠凰会 との会合ですね。では早めに、親父のマンションにお迎えに行けばいいでしょうか」
「おう。空きっ腹に飲むのはよくねェから、腹ごしらえしてから行こうや」
誠凰会は、織原組と親組織を同じくする三次団体だ。
会長の久原が矢野に声をかけたのは他でもない、抗争組織の川濱組のことだった。
川濱組は、数ヶ月前に穏健派の若頭が懲役に行ってしまい、内部の人間がタカ派とハト派に割れて荒れているという。
その川濱組のことで話があるそうだが、どうせロクな相談ではないに決まっている。景虎はうんざりしていた。
「では、十七時過ぎにはお迎えにあがります」
頭を下げる景虎に、矢野は笑いかけた。
「親子水入らずで飯を食うのは久しぶりだな、楽しみだよ」
雷鳴が夕雲の果てで唸り、雨が窓を叩く。
雨はいまだに好きではない、だからせめて面倒くさいことになりそうな明日くらい、止んでほしいものだ。
隣でピザを頬張る庄助の、リスのような丸い頬を見る。景虎にとって庄助と摂る食事以外は、どんな高級店に行って何を食おうと変わらない。
会合だなんだと言っても、自分は初めから矢野の肉の盾としてそこにいるだけで、誰も人間として話しかけたり評価したりなんてしない。
ヤクザの仕事なんて、カタギの仕事と変わらずいくらでも替えがきく。それを、庄助はいつになったらわかってくれるのだろうか。
景虎は自分が知るすべもない、ピアスを開ける前、髪の毛を染める前の、今よりもっとずっと幼い庄助のことを想像しては胸を高鳴らせた。
◇ ◇ ◇
アパートの部屋に帰ると、景虎は靴を脱ぐ隙も与えず庄助に口づけた。
閉めたドアに雨で濡れた身体を押し付け、熱く掠れる吐息を奪う。もうあらかじめそうなることがわかっていたかのように庄助は観念して、力を抜いてそれに応えた。
唇の隙間で嫌だとかダメだとか、そういった口だけの拒否がかすかに聞こえたが、景虎は無視した。
長いキスから解放されて息を継ぎながら、庄助は酸素の回らない頭で言葉を探した。
「はぁっ……あのな、お前……」
景虎の濡れた髪から、雫がひとつ落ちた。二人で一つのビニール傘で帰ってきたのに、傘をさしていた景虎のほうが濡れている。それに気づいて、庄助は口に出そうとした諸々を飲み込んだ。
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