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第三幕 一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国⑤*
夜に差し掛かる時間だとはいえ、閉め切っていた部屋には昼の熱気が滞留している。エアコンのスイッチも入れないままだと空気が循環せず、外に近い玄関でさえ息苦しさを感じた。
「なあ俺は……庄助のことが好きだ。すごく好きだ。全部欲しい、身体も心も。でも一つだけ絶対に手に入らないものがある」
頬や額にキスをされているうち、ふと景虎の動きが止まる。左の眉毛のピアスを、じっと見つめている。庄助は景虎を見上げた。玄関の小さな電灯の逆光になって、表情がよくわからない。
「お前の、俺と出会うまでの過去だ」
また一つ、ぽたりと雫が落ちた。
「カゲ……」
「馬鹿げてるだろう、俺もそう思う。あの萬城とかいう奴に、嫉妬してる」
“ボクがあげたやつ”だというピアス。鈍色に光るキャッチに喰らいついて、皮膚ごと噛みちぎりたいと思った。そんなことをしても傷が残るばかりで、庄助の全てが手に入るわけではないのに。
「に、兄ちゃんは普通の友達やし……っつーか、俺はそもそも、男なんか好きじゃないから、ぁっ」
シャツの下に景虎の手が侵入してきて、庄助は身体を引こうとした。すぐ後ろは玄関ドアで、もうこれ以上後退できない。
「だったら、俺以外に触らせるな」
「触らせてないっ」
「触らせるだろう……“約束”したんだろ」
「それは……」
酔っ払って交わして、先ほどまで忘れていた程度の約束だ。律義に守ることはない。しかし庄助は存外乗り気のようなのだ。
「カゲは深刻に受け止めすぎやねん、なにもお前みたいなデカいモンモンにするって言うてないし……あったほうが覚悟が決まるやん」
「お前こそ簡単に考えすぎだ。ヤクザが刺青を彫るっていうのは、普通に生きていくことを放棄するってことだ。何が覚悟だ。踏み込むな、こっちの世界に」
「……っ」
冷たくあしらわれて、今度は庄助の心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
自分の考えを上手く話せなくて、バカだと思われて軽んじられるのには慣れていたが、景虎にそれをされると傷つく。
好きだというくせに、住む世界が違うと線を引かれるのは矛盾している。それがいつも悲しくてむかつく。
「カゲのアホ! なんでいつもお前が俺のこと決めようとすんね……っんぅ」
胸ぐらを掴まれたかと思うと、歯がぶつかるようなキスをされた。もがいても容易くいなされ、ハーフパンツのウエストを下着ごと引きずり下ろされてしまう。
「やめろ、クソっ! お前はなんですぐそうやってやらしいことしようとするんや!」
同じ男なのに力の差は歴然で、やすやすと組み伏せられる。ドアに頭を押さえつけられて、耳からうなじの匂いを存分に嗅がれた。
怯えて汗に湿る首筋に、景虎の白い犬歯が触れる。薄い皮膚を突き破るか突き破らないかのギリギリで、緩めて舐めて吸って、また強く噛みつかれる。痛いのは嫌なのに、頭の芯が熱くなる。
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