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【番外編】神の御子は今宵しも②

 ぐつぐつと沸き立つ湯の中から、白く茹で上がった白身をとんすいに入れる。ネギとポン酢でシンプルに食うフグの肉は、淡白でありながら旨味が詰まっている。 「美味しいね~、酒にも合う。でもなんでお母さん、クリスマスにフグ送ってきたの?」  国枝はいつの間にか、手酌で大吟醸を飲み始めている。彼の酒癖が悪いのを知っている景虎は、厭な予感に大きなため息をついた。 「たまにはええもん食べろって言うてました。チキンは自分で買えるやろからって」 「なるほど、庄助ママは優しいね。いつもみかんのお裾分けありがとうございます、って言っておいて。事務所の奴ら、自分じゃフルーツなんて買わないからねえ。ほんとに嬉しいよ」  庄助の母親の実家は、和歌山のみかん農園をやっている。その関係でしょっちゅう、段ボールいっぱいのみかんが送られてくるのだ。何度も二人暮らしだと言っているのに、一向にみかんの量は減らない。差し入れのたびに庄助は、ユニバーサルインテリアに半分ほどみかんを持って行くことになるのだ。 「えっ、あかんあかん! そんなん言うたら次何箱送ってくるかわからん! でも、ちゃんと伝えます、えへへ……すみません」  はにかむ庄助を捕まえて、国枝は宴席の勢い、無礼講の免罪符のもとに、いい子だね~! と頬を寄せて軽くキスをする。庄助の頬は、子供のようにもちもちと吸い付くような感触だ。まるで犯罪者のような気分になる……実際に犯罪者のようなものではあるのだが。  国枝の向かいに座った景虎の口の中から、バキバキと物騒な音が聞こえた。怒りのあまり、口に入れたフグのアラの骨の部分を噛み砕いているようだ。  景虎に見せつけて嫌がらせするのも面白いが、確かに国枝にとって庄助は、ついちょっかいをかけたくなるようないい子だった。  ヤクザになるような人間にバカは多けれど、素直な奴は意外といない。そもそも自分の感情をまっすぐ表現したり、言葉でうまく伝えられるよう育った人種は、この道に入ろうとも思わないのだから。  かつて、育ちがよく素直で、まるで人を疑うことを知らなかった少年だった国枝はそれを知っている。  はたして早坂庄助という“いい子”がこの先、どんな悪人に堕ちるのか、はたまた堕ちないのか。それを見守りたいくらいには、国枝は彼を気に入っている。 「しかししばらく来ない間に、人間っぽい家になっちゃってまあ」  国枝は首を巡らせ、ワンルームの室内をぐるりと見廻した。  以前は物があまりなく無味乾燥を絵に描いたようだった景虎の住まいは、庄助が来てから随分変わった。  テレビボードの脇にあるゲームのキャラクターのぬいぐるみは、以前来たときにはなかったものだし、国枝が庄助の誕生日にやったヨギボーの大きなビーズクッションは、使いまくったのかすでにカバーがへたっている。夏に遊んだらしき流しそうめんマシンが、置き場がないのかキッチンの隅に箱ごと雑に立て掛けられている。全体的に、まるで色々なガラクタを運び込んだ動物の巣のようだ。 「前って、いつ来られましたっけ」  白菜をとんすいの中のポン酢に浸しながら、景虎は言った。 「アレ春くらいだっけ? ナカバヤシさんが景虎に、エアコン買い替えたから古いのあげるとか言って。で、軽トラでここまで持ってきてさ……」 「ああ。運び入れようとしたら、階段のところでぎっくり腰になった時ですね」 「景虎が突然、ナカバヤシさんが動かなくなったので引き取りに来てください、って俺に電話かけてきてねえ」  それを聞いて庄助はゲラゲラと笑った。おもろいからもっとそういうの聞かせてください。そう言われ、国枝は珍しく過去にあった色々なことを、酒の肴に語り始めた。  鍋は沸き立ち、男たちの小さな聖夜は盛り上がってゆく。景虎にしては不本意かもしれなかったが……とは言え、相槌を打ちつつ何度も口角を上げて穏やかに笑う姿は、傍目には仲間との食事を楽しんでいるふうに見えた。

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