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【番外編】神の御子は今宵しも③
「それで確か、ナカバヤシさんが着てきた葬儀のスーツ、猫の毛だらけで……」
「本家の人の葬儀だったし時間もないしで焦って、みんなしてこういうデザインです! でゴリ押ししたよねえ」
「あはははっ、めちゃおもろい!」
いい感じにアルコールが回っているのか、庄助は真っ赤な頬をして、終始上機嫌に笑っていた。そのナカバヤシにもらったというエアコンの暖房と、足元からのこたつの熱、そしてフグ鍋のせいで部屋は息苦しいくらい暑かった。
国枝はシャツの襟元をくつろげると、スマホを持って窓際に立った。ガラスがほんのり結露している。すっかり外の闇に塗り替えられた表面に触れると、凍てつく冷たさが熱い指に心地良い。
「あ。タバコ、どうぞ」
景虎は言ったが、国枝は首を横に振った。
「吸わない人の家では吸わないよ。顔、熱いからさ、ちょっとだけ開けていい?」
窓をほんの数センチ開けると、網戸越しの冷風が頬に心地良い。何気なく取り出したスマホに、メッセージがいくつか入っている。
クリスマスだというのに仕事のメールがほとんどで嫌気が差す。だが、ふとある人物とのメッセージアプリのチャット画面を見て、国枝は少し驚いてしまった。
〈ここから未読メッセージ〉
〈今日〉
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『本日は誠に、おめでとうございます』
敵対組織、川濱組の協力者である佐和からだった。何を言おうとしたのか知らないが、三度もメッセージを取り消している。
気の利いたことを言おうとこねくり回した文章が恥ずかしくなったのか、はたまた口説き文句を書いたはいいが、自分たちはそんな仲ではないと思い直して取り消したのか。
色々と想像すると、この短く絵文字もなにもない祝いのメッセージに彼の万感の想いが込められている気がして、国枝はその健気さに吹き出してしまった。
こたつの方を見ると、煮立って残り少なくなった鍋の底にへばりついたマロニーを、庄助が一生懸命箸で剥がしている……のを、景虎が愛おしそうにじっと見つめている。
どちらにせよ聖なる夜の嫌がらせは、そろそろ潮時かもしれなかった。
ありがとう。よかったら今から飲みに行く?
国枝がそう送った瞬間に既読が付いた。もしかすると佐和は、このチャット画面を開いてまだ何か考え書き綴っていたのかもしれない。それはちょっと気持ち悪いな……。国枝は苦笑した。
既読が付く速さのわりに、戸惑っているのか返信はまごついている。国枝はポケットにスマホをしまうと、静かに窓を閉めた。
「国枝さん、締めに雑炊やりますよね?」
「ん? あ~。ありがと、でもお腹いっぱいになっちゃったな」
庄助の申し出を断ると、もうこたつにあたらずにグラスの日本酒を飲み干した。
「え……もしかして国枝さん帰るんですか?」
宴もたけなわの雰囲気を醸し出す国枝を見上げて、庄助は寂しさを顕にした。
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