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【番外編】神の御子は今宵しも④
「うん、そろそろね。長々とお邪魔するのもなって」
「なんでですか? みんなで遊んだほうが絶対楽しいのに! スマブロやりましょうよ~!」
情緒がまるで小学生だ。口を尖らせてじたばたと暴れる庄助を、景虎が諌める。
「庄助、ワガママ言うな。国枝さん、こちらこそ誕生日なのにすみません」
国枝と庄助は、同時に目を丸くした。
「あれ、覚えててくれたの?」
「誕生日やったんですか!?」
十二月二十四日は、国枝の誕生日だ。
彼の普段の非道な行いからして、聖夜生まれのイメージが全くない。慈しみの象徴のようなキリストの誕生を祝う前日に、悪鬼羅刹拷問のデパートが産まれたというのは皮肉なものだ。
「おめでとうございます! 俺、プレゼントなにも用意してなくて……!」
「あは、そんなのいいよ。てっちり用意してくれたじゃない」
「つーかそういう大事なことははよ言えやカゲのボケッ!」
庄助は、景虎の脇腹をドスドスと殴った。これはひょっとすれば出世に関わる問題であって、呑気にナカバヤシの話で爆笑している場合ではなかった。
「普通に嬉しかったよ俺。こういう仕事って立場が上になるにつれて、怖がられてだんだん孤独になってくじゃない? だから、久々にこういうの楽しいなって」
言いながらチェスターコートを羽織り、カシミヤでできたストライプのマフラーを巻いてゆく。国枝が身に着けるものは、いつも統一感があり小洒落ている。ヤクザは見た目が九割だと豪語する彼のこだわりのようだ。
俺が片付けるから置いておいてくださいという庄助の静止も聞かずに、国枝は自分の使ったグラスをキッチンのシンクまで持っていくと、そこでまた改めて襟元を正した。
「んじゃ、ありがとね」
革靴を足に引っ掛ける。狭い玄関に立つと隙間風がいっそう冷たい。冬の夜の空気は、酔い醒ましにはちょうど良さそうだ。
「国枝さん」
景虎は庄助の後ろに立ち、ほんの少しだけ微笑みながら言った。
「日本酒、まだ残ってるので。瓶ごと置いておきますから、またいつでも飲みに来てください」
殊勝なことを言えるようになったものだと、国枝はつい感心した。可愛いこと言うじゃない! と、景虎のゆるくウェーブした髪を根本からぐしゃぐしゃと撫で回すと、にやりと笑ってこたつの方を顎で示した。
「いい子にしてる部下たちに、サンタさんからプレゼント置いてるから楽しんで。……そんで、明日も元気に出社待ってるからね」
薄いドアを開けると刺すような冷たい外気が入ってきて、部屋の中の暖気を一気に攫ってゆく。片手をあげて挨拶をする国枝の背中に、お気をつけて! と庄助は声をかけた。
「どうする? カゲ、雑炊食うんやったらやるけど……」
薄情にもさっさとこたつのところへ戻って屈んでいる景虎の背中に、庄助は声をかけた。そういえば、プレゼントがどうたら言っていた。
肩越しに覗き込むと、国枝が買ってきた酒の入ったコンビニの袋の奥底に、何か黒っぽい長方形の箱がある。これがそうだろうか。庄助は目を輝かせた。のも束の間。一見スタイリッシュな黒い箱の表面に、ショッキングピンクの文字が躍っている。
『新たな性感を呼び覚ます! 凸凹つきで超ハードな刺激! 温感ゼリーつきXXLサイズ十二枚入り』
「げ……!」
文字を読む景虎の後ろ頭が、不吉に揺らぐ。庄助は音を立てないように後退った。
「庄助」
「ひ……っ」
振り返らないのが逆に恐ろしい。目も合わせていないのに、ヘビに睨まれたカエルのようになって動けない。国枝はとんでもないものを置いていったらしい。
いつになく嬉しそうな声を出して、景虎は振り返った。
「俺たちのクリスマスははじまったばかりだ」
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