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【番外編】神の御子は今宵しも⑤
階段を下まで降りたところで、庄助の悲鳴が夜の闇の彼方に小さく響いた。国枝は今しがた出てきたばかりの部屋のドアを見上げると、右手で十字を切った。
もう一度スマホを取り出して見てみると、佐和からの返事は、しっかりと五分前に来ていた。
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『飲みだけなら大丈夫です。俺におごらせてください』
『今からとか、空いてるところなさそうですけどね』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『どこか国枝さんが行きたいところがあれば案内しますよ』
文章の上ではクールぶってカッコつけているのに、メッセージを取り消しまくっているのが本当に笑える。ニヤけるのが止まらなかった。
ぽかぽかと温もりの残る指で、国枝は文字を入力してゆく。
一 くんと二人で、ゆっくり飲めるとこがいいな。
すぐに既読が付いて、メッセージはまたしばし沈黙した。国枝が漏らした小さな笑い声は、白い水蒸気の塊になって、暗い空に消失した。
住宅街の静かな夜。景虎たちの住むアパートの斜交い、二階建ての家に、クリスマスのイルミネーションがささやかに飾られているのを見て、国枝はかつてを思い出す。かつてと、これから。また一つ歳を取った。
まだ自分の道程と境遇に思いを馳せる余裕が残されていることが、国枝にとって辛くも喜ばしくも合った。
神よどうか。
今夜だけは、道を外れた憐れな子羊に愛を。
【終】
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