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第三幕 十一、ルックバック・ウィズ・ユー⑤
ソファの足元を背もたれに、景虎と肩をくっつけてアルバムを開く。
L判の写真が上下に一枚ずつ収められている。
体操着の小学校低学年くらいの少年が、校庭の水飲み場のような場所で元気よくピースをしている写真。下の方の写真の中には、少年と友達と思しき男の子たち三人が身を寄せ合って仲良さげに映っていた。
「これは……?」
景虎は息を呑んだ。古いデジタルカメラで撮ったのを現像したのか画質は不鮮明だが、上の写真の中でピースをしている少年の胸の上のゼッケンに『一年三組 早坂』と書いてあるのが見えて、心臓が止まるかと思った。
「欲しいんやろ? ……俺の過去。オカンがたまたま送ってきたから見せたるわ」
庄助は恥ずかしそうに反対側を向いて、アルバムだけを景虎に手渡した。
「うおぉ……うぐぅう……」
「おい変な声出すなや、キショすぎんねんて」
左手の上に背表紙を乗せて、景虎は感動のあまり軽く嗚咽した。
猫のような丸い目に、ぷにぷにとした幼い頬。赤白帽の下の短い髪は今と違い真っ黒だが、自信満々にカメラ目線でピースをするやんちゃそうな表情は、紛れもなく庄助だった。
「知らなかった、庄助は生まれてから死ぬまで一生可愛いんだな……」
景虎はうっとりと呟いた。隣でゾワゾワと鳥肌を立てている庄助に構いもせず、その下の写真に目を遣る。
幼い庄助と肩を組む、聡明そうな瞳の少年の胸元に『四年一組 萬城』という文字を見つけると、次はごく控えめな般若のような顔をした。いろんな表情をするようになって、ほんまに面白いなぁと庄助は感心した。
「これ、子供会のバーベキューのときかも。懐かしー。俺ら、家近かったから仲良かってん。まだちっちゃいな、兄ちゃんも翔琉も」
「カケル?」
「兄ちゃんの弟。もともと俺、翔琉と同級生で……そっちとも仲良いねん。高校も一緒やったし」
庄助の口から知らない名前が出てくることにいちいち引っかかってしまうが、昔の写真を見る庄助の顔は優しい。それが切なくて、同時に愛おしくもあった。
「聞かせてくれ」
「ん、なにを?」
「お前の昔の話。刺青屋の話でもなんでも。今日はもう、俺のそばに居てくれるんだろ?」
景虎は、覚悟したような顔でソファに背中を預けた。
「カゲが眠るまでちゃんと横におるよ。昔の話すんのはええけど……ムカつかんの?」
庄助が首を傾げると、我慢しながら聞く、と鼻息荒く答えた。
その言葉に庄助はくすくすと笑うと、それからひとつひとつページをめくって、景虎に思い出を語って聞かせた。彼が手に入れられないと嘆いていたものをひとつずつ、少しでも分けられるように、庄助自身の言葉で話した。
自分だけ景虎の過去を知っているのはフェアじゃないし、それに今なお良き兄でいてくれる静流のことを、無闇に嫌ってほしくなかったのもある。
景虎は景虎で、子供の頃の可愛らしい庄助の記録を見て思うところが増えた。萬城静流やその弟と過ごした日々の先が、今隣にいる庄助に続いているとしたら。
例えば、今日の庄助は眉ピアスをしていないが、庄助にはあの粋がった銀色のピアスがすごくよく似合うと景虎は思う。それを開けたのが静流だとしても、すでにそれは自分が知る、愛おしい庄助の一部だった。
非常に癪ではあるが、過去ごと全部まとめて、庄助を愛するより他はないだろう。そう、非常に癪ではあるが。
誰かを愛することは、時に我慢や忍耐が必要なのだ、自分の中の嫉妬心との戦いだ。景虎は、庄助の肌の温もりを感じながら、楽しそうに語る声を聞いていた。
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