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第三幕 十一、ルックバック・ウィズ・ユー⑥
「そんでこれが近所の縁日で……あれ? ……そっか、こん時もう翔琉おらんねや」
アルバムのページの最後。祭りの出店を背景に、甚平を着た小さな庄助と普段着の静流の二人が写った写真が、一枚貼ってある。何かに想いを馳せるように写真の角を指で撫でていると、ふと景虎の頭が肩に乗ってきた。
「……ん、カゲ、寝てもーたん?」
景虎はまたすやすやと寝息を立てていた。さっき飲ませた薬の中には、痛みで眠れない時のための睡眠導入薬が一緒に入っていた。ようやく効いてきたらしい。
庄助は景虎をソファにもたれさせると、ベッドの上のタオルケットを身体にかけた。
「出ていくって言うたら、ついてきそうやしな……」
このあと庄助は、夜から開店する向田の店に寄り、忘れていたスマホや眉ピアスを回収しに行く予定だ。
それが終わればすぐ帰るが、向田の店で女装して敵対勢力のオッサンを誘惑していたなんてことがバレたら、景虎に何をされるかわかったものではない。次こそ尻の穴から身体が裏返るかもしれない。
獰猛なヤクザは寝かしつけるに限る。これは昨日庄助が得た教訓で、さっそく活かしたまでだった。もちろん、同意なく睡眠薬を飲ませる行為は犯罪にあたる。
力なく腹の上に乗った左手の中指。そこにはこの前の倉庫での行為のとき庄助が強く噛みついた跡がある。
その下、手の甲には矢野が刺した箸の傷跡があり、小指には言わずもがなのサポーターが巻かれている。
賑やかな左手やな、愛されてるやん。庄助は一人笑った。
出発するまでの余った時間、甲斐甲斐しくも庄助は、近くのコンビニに行ってゼリーやヨーグルトを買ってきた。それを冷蔵庫に数個入れると、財布の中に入っていた牛丼屋の割引券の裏に、景虎に向けて走り書きのメモを書いた。
『ちょっといってきます、すぐ帰る。冷ぞうこにゼリーある。みかん入りのはおれのやつ』
子供のような文字の隣に、本人は虎のつもりで縞の猫のような絵を小さく描く。エアコンの風で飛ばないように紙をペットボトルの尻で押さえた。
そうこうしている間に、壁の時計はもう十九時を指そうとしていた。
深い眠りに囚われて、物音を立てても起きない景虎に向かって、庄助は告げた。
「なぁカゲ。行ってくるな」
すやすやと眠る景虎の頬に少し長めにキスを落とすと、庄助は名残惜しそうに立ち上がった。
スニーカーを履くと、顔を両手で二回叩いて気合を入れた。ドアを開けて、まだ昼の余韻を残して蒸す夏の夜の下に踏み出す。
じっとりと晴れた、星のない空だった。
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