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第四幕 十七、スカベンジャーは嵐に乗じる④

 一気に言いたいことだけを送信した。もし着信しても音が鳴らないように、スマホをサイレントモードにすると、ズボンを下ろして軽く漏らして濡れたパンツの中を確認する。  臍の下、陰毛の生え際にもキスマークがつけられている。腹の中がズキンと痛くなったのは、決して気のせいではない。 「……クソ」  カサイが帰ってくるまでに脱出したい。が、トイレには出られそうな場所はない。一階の窓はカサイと二人で内側から全部施錠して回ったが、もう一度ロックを外してそこから出ようか。子供たちや職員さんには悪いけど、一カ所くらいええやろ。  ……もし、捕まったとしても。せめて大役を果たせさえすれば。  万一のことを考えてしまう自分が嫌だった。衣服を整え、意を決して鍵を開けて個室から出ると、トイレの入り口に三、四歳くらいの、小さな男の子が立っていた。 「あっ……?」  庄助は小さく声を上げた。男の子は、丸い目でこちらをじっと見上げてくる。 「ひ、一人でおトイレできるん? えらいな~。お兄ちゃん、怪しいモンちゃうで。ほら、もう出ていくから……」 「ネズミだ……」 「え……」  男の子は踵を返し、ドアに体当たりするように廊下に出ると大声で叫んだ。 「ママ! ネズミがしんにゅうしてる! つかまえて! ママたちーっ!」 「ウソやろ!?」  庄助は男の子の後ろを抜けて走った。I字型の通路は隠れる場所がどこにもない。庄助は真っすぐ逃げた。ほどなくバタバタと、大人の足音が遠くから聞こえる。 「クソ、なんやこの施設……っ!」  ネズミ? いくら怪しい人間がいたとはいえ、あんな小さな子がそんな言い方をするだろうか。|仔猫《キトン》だからって、人をネズミ呼ばわりするように躾けられているのだろうか。なににせよ、ろくでもない。  窓を開けて雨の中に身を躍らせ、すぐ下の駐輪場の屋根の上に飛び乗った。一瞬うまく着地はしたものの、雨を受け続けたトタン屋根は、思ったより滑る。 「ふぎゃ……!?」  庄助は尻餅をついてそのまま、ゆるやかな傾斜に沿って屋根から地面に転落した。腰から落ちるのはまずいと受け身を取ったつもりが、肩をコンクリートに打ち付けてしまった。  痛みに呻く庄助の目の前に、ポケットから飛び出たスマホが落ちている。庄助がしょっちゅうポロポロ落として画面を割ってしまうため、耐衝撃のケースに入ったそれは、何らかのアプリが起動しているのか、薄く点灯していてる。 《不在着信》 《今どこだ》 《そいつに近づくな、ミズタニだ》  手を伸ばして確認する。景虎からのメッセージだった。庄助の唇から、諦めとも悲しみともつかないため息が漏れた。  身体を引きずって、壁まで這う。痛む肩や擦りむいた肌に、雨が容赦なく襲いかかる。  短いそのメッセージを見て、あまりに冷静さを欠いた自分の判断を恥じた。考える間もなかったとは言え、景虎本人に確認させてしまった迂闊さを後悔した。先に国枝に送るべきだったかもしれなかったが、もう遅い。  今景虎はどんな気持ちでいるのだろうか。母親の仇を、こんな形でもう一度目に入れてしまって。  謝ろう。  また一人で行動してしまったこと。景虎の気持ちを顧みなかったこと、心配させたこと。今回はちゃんと、素直に謝ろう。早く帰って目を見て謝ろう。  庄助は顔を上げた。空はいよいよ暗かった。  壁際から助走をつけて、向かいのフェンスに飛びつこうと片足を引き身構えた。その時だ。

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