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第四幕 十七、スカベンジャーは嵐に乗じる⑤
「あ゙……!」
バチンと何かが弾ける音とともに、庄助の全身の筋肉が痙攣する。内側から何者かが身体を好き勝手動かしているみたいに、ビクビクと顔の筋肉までが歪に跳ねた。庄助は膝から崩れ落ちた。
「あ、ぎ……」
せっかく立ち上がった身体が、また地面に吸い込まれる。濡れたアスファルトの濃い色を、間近で睨みつける庄助の瞳孔はぐんと開いて、暗闇の中の猫の目のようだ。
服の中で筋肉が妙な動きをする。横向きの視界の中、十メートルほど向こうの木の陰から、こちらに銃のようなものを向ける女の姿があった。先ほど、保育室で赤ちゃんにミルクをあげていた女性だった。倒れ伏した庄助を見る彼女の目は、冷たかった。
職員が三名ほど走ってきて、庄助を取り押える。うちの一人は男だった。身体の痺れがなくなっても、立ち上がる力はろくに出なかった。
雨の中でもがく哀れな生き物を、子供たちの無数の目が窓の向こうから見ている。保育士の女はどこかに電話をかけているようだった。
「子供が彼を驚かせて……それで擦り傷を。テーザーガンです。ハイ……申し訳ありません」
女の話す言葉は訛っている。よく見ると顔立ちや化粧のやり方も、アジア人ではあるが、東アジアのそれではないように見えた。
立ち上がらされた庄助の、パーカーの大きなポケットから、何かが抜き去られる。白い鞘のそれは、短刀だった。
ナカバヤシを殺せなかったことへの罰なのかどういうつもりなのか、今朝国枝から譲り受けたものだ。持ち手に付着した血が、乾いて茶色くなっている。
「……武器を奪いました。持ち物、他にないか調べて、ウーヤさんのところへ。ハイ」
こめかみを熱い雨が流れてゆく。心が焦燥に満ち、脳は手足に動けと命令を下す。けれど、テーザーガンの電撃で麻痺した身体は、まるでトライアスロンの後かのように疲れ切り、指先さえまともに動かなかった。
せめて、大役さえ果たすことができれば。庄助は唇を噛み締めた。自分がまた居なくなったと知った景虎の、怒り悲しむ顔が目の裏に浮かぶ。
昨日こっそり調べたあの絵本の結末のことを、庄助は思い出した。
虎は、悪魔が自分と同じ虎の姿に変わることを願った。
そしてそれは成就した。
いつまでも一緒にいるために、同じ姿になった。食べ物も寿命も価値観も、これで全部一緒だ。虎は喜び、二人は幸せな時を過ごした。柔らかな縞模様の身体を寄せ合って、毎日眠った。
けれど、悪魔は虎として生きることに慣れていなかった。
単独でインパラを狩っていた悪魔は、密輸業者たちに捕まり、たちまちに美しい縞の毛皮を剥がれてしまったのだ。
とらは、たいそうかなしんで……みっかみばん……
身ぐるみを剥がされ車のトランクに詰め込まれる間際、庄助は頭の中で呟いた。
嵐が来る。忌むべき雨が、顔に降って落ちては、流れてゆく。庄助の金色の眉の上下、景虎に新しくもらった丸いピアスの間を、ぬるい雨が何度も打った。
《続》
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