1 / 30
第1話
神社の鳥居をくぐると本殿まで長い石段が続いている。
敷地内は緑豊で春は桜、夏は蝉の大合唱、秋はどんぐりと銀杏、冬は北風、と四季折々の顔を見せてくれる。
由緒ある神社らしいが、岳 と七凪 にとっては二人の家の中間地点で子どもの頃からの遊び場、という認識でしかない。入り口の鳥居の上に石を投げて乗せる遊びは今でも時々やっている。
二人はピッカピカの小学一年生からずっと一緒で、今は地元の公立高校に通っている。
石段に腰かけ岳はホットコーヒー、七凪は缶のおしるこでまず手を温めると、それからプルトップを引いた。コキンと固い音が冷えた石段を転げ落ちていく。
「なーなー、中見てもいい?」
七凪は岳の脇にある紙袋に手を伸ばす。
「今年も全部、七凪にやるよ」
紙袋の中は女の子達からの本命チョコでいっぱいだった。義理チョコが一つもないのが岳のすごいところだ。
「せめてメッセージカードくらい読んであげたら?」
七凪は薄情な幼なじみを横目に、いそいそと紙袋からチョコの包みを一つ取り出す。
「このチョコ、男子一番人気の白鳥さんからじゃないかよ。俺も一度でいいから岳みたいにモテてみて〜」
七凪は一個数百円しそうなチョコを口に入れると、温かい舌の上で溶けていくチョコのように顔をとろけさせた。次におしるこを口に含むと、まるでマリアージュを楽しむかのようにその大きな目を細く閉じる。
「チョコとおしるこを同時になんてよく食えるな」
岳の涼しい目元がさらに涼しくなる。
「それが俺のモテない原因かな?」
「この前先輩に告白されたじゃないか」
「それ男だろ、俺は女の子にモテたいんだよ」
「好きでもない人から好きになられても困るだけだけどな」
七凪はけっと岳を一括する。
「岳にはその他大勢男子の気持ちは分かんねぇよ」
岳は外国のアジア人モデルみたいな男だ。背が高くて頭がちっちゃくて、眼光の鋭いシュッとした顔をしている。でもって、サッカー部のエースで成績は学年でいつも三位以内。モテないわけがない。
一方七凪は、何もかもが中くらい。ただひいお爺さんがハンガリー人のせいか、夏に海でうっかり日焼けすると肌が火事になったみたいにすごいことになる。髪と目の色は陽の下では薄茶色に透け、子どもの頃はよく女の子に間違えられた。
「その他大勢男子は男から告白されるもんなのか」
「これ以上その話題引っぱったら殺す」
二人が腰かける石段を、若い女性が二人本殿へと上っていく。最近S N Sでこの神社の湧き水が恋の媚薬として御利益があると話題になっているらしい。
「じゃな」
岳はコーヒーを飲み終わると、空になった七凪のおしるこの缶も持って石段を下りていく。鳥居を出たところにあるゴミ箱に一緒に捨ててくれるのだ。
いつの間にか男の敵のようなイケメンモテ男に成長した岳と今でも仲がいいのは、ひとえに岳の性格の良さにあるかも知れない。
実は岳が知らないだけで、七凪は他にも男に告白されたことが何度かある。最近は性の多様性とかなんとか言ってLGBTQという言葉も一般に浸透してきているが、自分は普通に女の子が好きだ。
七凪はチョコの入った紙袋と鞄を持って、石段を上がっていく。
七凪の家は境内を通り抜けた先にあった。
石段を上り切ると長い人の列が本殿の裏側から伸びている。湧き水を汲むためにみんな並んでいるのだ。敷地は広いが本殿自体はさほど大きくなく、ついこの間までは近所の人しかお参りに来ないような、由緒はあるがどこにでもある普通の神社だった。
それが今ではこんなに大盛況なのだから、S N Sの影響力はすごいとしか言いようがない。
もれなく七凪のクラスの女子たちも恋の媚薬の話題でもちきりだった。
七凪が小耳に挟んだところによると、媚薬は湧き水に自分の血液を少量混ぜて作るのだそうだ。なんだかちょっと黒魔術っぽいそれを相手に飲ませると、相手が自分のことを好きになるという、知らずに飲まされた方はとんでもなく迷惑な代物だ。
女子が好きそうなおまじないだと馬鹿にしていた七凪だったが、それからしばらくしてまさか自分がこっそり湧き水を汲みに行くことになろうとは、この時は露にも思っていなかった。
ともだちにシェアしよう!