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第2話

 七凪は昔から星を見るのが好きだった。  七凪がまだ幼い頃に交通事故で亡くなった父が残した天体望遠鏡は凪の宝物だ。父の記憶はほとんどないが、望遠鏡で夜空を眺めていると、まるで父と一緒に星を見ているような気分になる。  七凪が好きな星はなんて言ったっておおいぬ座のシリウスだ。  地球から見て太陽の次に明るい一等星で、ギラギラとその青白い輝きが狼の鋭い眼光を思わせるのか中国では“天狼”と呼ぶそうで、なんだかかっこいい。  だから高校では中学の時にはなかった天文学部に入った。毎週火曜日と金曜日が部の活動日で、その日はサッカー部の岳と待ち合わせて帰ることにしていた。  それはバレンタインが終わってすぐの金曜のことだった。  朝から粉雪の舞う寒いその日は、岳の他に同じ一年のサッカー部員も一緒だった。  フォアードの悠馬、ミッドフィルターの拓人、ディフェンダーの蓮、ゴールキーパーの伊織の四人だ。ちなみに岳は悠馬と同じフォアードだ。悠馬と拓人は七凪の中学からの友人で、蓮と伊織は七凪のクラスメイトだったので、部活は違ってもみな気心が知れた仲だった。  学校から駅までの途中には商店街があった。男子高校生、それもいつもお腹を空かせているような運動部員たちが、あちこちから漂ってくる食べ物の誘惑に勝てるはずがなく、その日もみんなでコロッケを立ったまま貪っていた。  すると近くを通りかかったお婆さんが、自分はいらないからと、商店街の抽選券をくれた。  抽選券には『バレンタインデー福引大抽選会。カップルで楽しめる景品多数!』と書いてあった。  福引のガラガラを回したのはジャンケンで勝った岳だった。そしてなんと岳は大金星、一等である五泊七日の沖縄旅行を見事引き当てたのだった。  ペア券なので、行けるのは六人の中で二人だけだ。どうやってこの中から二人を選ぶか、ああでもない、こうでもないとやっていると、伊織がポツリと呟いた。 「でもさぁ、これ彼女いたりしたら本当は彼女と一緒に行きたいよなぁ。ホテルの部屋だってベッドは一つだし、ロマンティックディナーに、バラの花びらを散らせたバスタブだって。どうみたってカップル用プランで男二人で行くって感じじゃないよな」  確かに、とみんな同意し、微妙な空気が流れる。この中で彼女持ちは誰一人としていなかった。 「それだー!」  いきなり大声でそう叫んだのは悠馬だった。 「うるせぇよ、悠馬」  悠馬のすぐ隣にいた蓮が顔をしかめる。 「この中で一番最初に彼女を作った奴がその券をもらえるってのはどうだ!? それでもし誰もできなかったら、その時はこの中から二人選べばいい」 「なるほど、それはいい案かも。そうでもしないと俺たちの青春、サッカーで終わりそうだもんな」  拓人が妙に納得したようにうなずき、 「いつまでにする?」と皆に尋ねる。 「五泊七日だから、やっぱ夏休みだろ。だから今年の夏までじゃね?」  皆が悠馬の意見に賛同しようとすると、伊織がまたもやぼそっと呟いた。 「でもそれって岳が断然有利じゃね?」  いっせいに皆の視線が岳に集中する。 「だよな、岳はよりどりみどりだもんな。いったいこの前のバレンタイン、チョコ何個もらったんだよ」 「そのうちのどれかにO K すれば、岳は即彼女できるもんな」  皆は口々にやっかみを口にし出した。  七凪は、自分もこの前告白してきた先輩にO K出したら沖縄旅行をゲットできるのだろうか? などと考え、ぶるぶると頭を振った。先輩と二人で沖縄旅行なんて冗談じゃない。 「それだったら俺はいいよ」  岳はさらりとそう言った。まるで当たったのがコロッケ一個のような口ぶりだった。 岳はさらりとそう言った。まるで当たったのがコロッケ一個のような口ぶりだった。 「俺、沖縄には行ったことあるからいい。その代わり沖縄に行った奴は、じーまみ豆腐を袋いっぱい買ってきてもらう」  じーまみ豆腐とは落花生から作られた沖縄の郷土料理で、本土では売っているところがあまりないらしい。豆腐というより濃厚なプリンみたいで、一度食べたら病みつきになる人も多いという。 「え、でも……、くじを当てたのは岳なのに」  岳が有利だと言い出した伊織が申し訳なさそうな顔をする。それは他のみんなも同じだった。  しかし結局岳以外の五人で、夏休みまでに彼女を作った者に沖縄旅行が与えられることになった。

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