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第13話
暗い夜だった。
パーカーのフードを頭からすっぽり被った七凪の手にはペットボトルが握られている。
「俺、いったい何やってんだよ……」
夜の神社はなんだか薄気味悪い。
「これは違う、違うからな」
七凪は誰になく言い訳をしながら、ボトルを湧き出ている水の中に沈める。
「俺が取り戻したいのは岳の友情であって、決して愛情なんかじゃない」
コポコポと気泡を吐き出しながら、ベッドボトルは湧き水を飲み込んでいく。
恋の媚薬は岳の七凪への恋心だけじゃなく、岳の心を丸ごと持って消えてしまったように思えた。
まるで媚薬の副作用のように、それは岳を空っぽにしてしまった。
「俺は俺の岳を取り戻したいだけなんだ」
ボトルが水でいっぱいになると、七凪は急いで水場を離れる。
本殿を横切ろうとした時、物陰から出てきた白い影と七凪は盛大にぶつかった。
その拍子に持っていたペットボトルが七凪の手から離れる。落ちた拍子にキャップが外れ、中の湧き水を撒き散らしながらペットボトルが石段を転げ落ちていく。
「七凪」
目の前にいたのは白いパーカーを着た岳だった。
「なにしてんだ、こんな夜中に」
長い石段を転がり落ちるペットボトルの音が、七凪の背後で響いている。
「湧き水?」
岳の視線が石段の下に向けられる。
「ち、違うよ、ちょっとコンビニにでも行こうと思って。岳こそこんな夜中にここでなにしてるんだよ」
「眠れないから石段で自主トレでもしようと思って」
岳が神社の石段でときどきトレーニングをやっているのは知っていたが、こんな夜中にもやっていたとは。
岳がサッカー部のエースなのは、こういう隠れた努力の賜物なのかも知れない。
「そっか、頑張れよ、じゃ」
七凪は岳にこれ以上何か聞かれる前に、早々にその場を立ち去る。
用事のないコンビニで漫画を立ち読みし、しばらく時間を潰しての帰り道、神社の前を通りかかると石段を上り下りする岳がいた。
岳の白いパーカーが夜の闇にぼんやりと浮き上がって見えた。
次の朝早く、七凪は昨夜のリベンジを果たすために再び神社にやって来た。
無事、ペットボトルを湧き水で満たす。
ふと、昨日落としたボトルが気になり、石段を下りてみると、鳥居を出たところにあるゴミ箱にちゃんと捨てられていた。岳が拾って入れてくれたのだ。
やっぱり相当怪しかったよな、俺。
今度から湧き水は早朝に汲みに来ないとだ。夜中だと昨夜みたいに岳と鉢合わせする可能性がある。って、俺、まだこれからも来る気かよ。
だって……。
七凪は手にしたペットボトルに視線を落とす。
七凪はただ、今まで通り友達として岳と一緒にいたいだけだ。でも、こんなことをしないと友達でいられないなんて、一緒にいてもらえないなんて、なんだか虚しい。
七凪はベッドボトルを握りしめ重いため息をついた。
七凪の家で夕飯を食べる岳に媚薬を飲ませるのは簡単だった。
媚薬は数滴でよかったが、念のため最初と同じくらいの量を飲ませるために、媚薬でコーヒーを煎れて岳に飲ませた。
効果はさっそく現れた。それまでそっけなかった岳の態度が再び七凪にべったりになった。
恐るべし恋の媚薬の力!
朝は七凪が早めに家を出て岳と一緒に登校し、――それを提案してきたのは岳だった――クラスが分かれてから別々だった昼食も、岳が七凪の教室にやって来て一緒に食べるようになった。
七凪の家で夕飯を食べた後は、寝るギリギリまで七凪の部屋で一緒に過ごした。
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