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第15話
次の朝、神社の鳥居の前に岳の姿はなかった。
七凪は一人で登校し、昼休みになっても、岳は七凪の教室にやって来なかった。
そりゃそうだよな。あんなことがあって、さすがに岳だって顔を合わせずらいよな。
けれど次の日も、その次の日になっても岳は七凪の前に姿を現さなかった。
七凪の家で夕飯を食べる日、いつまでもやって来ない岳を、七凪の母親は呼びに行かせた。電話もメッセージも無視されていた。
七凪も七凪で岳に会うのは恥ずかしかったが、ずっとこのままという訳にもいかず渋々岳の家のドアを叩いた。
数日ぶりに見た岳を前にして、七凪はすぐに悟った。
また媚薬の効果が切れている!
次の朝、七凪は再び神社に湧き水を汲みに行った。
その夜、七凪の母は同じ通訳仲間と飲み会だといって、夕食の準備だけして出かけて行った。
時計を見ると午後七時を回ったところで、そろそろ岳がやって来る時間だ。ダイニングテーブルの上にはラップをかけられた料理の皿が並んでいた。
岳はいつも窓に近い席に座る。
七凪は岳のグラスを前に、媚薬の入ったペットボトルのキャップを開けた。
あんなことがあった後で、また岳に媚薬を飲ませるなんてどうかしてると思った。
抱き合って、あれはもう悪ふざけではない、愛撫だ。
七凪は自問する。
岳に媚薬を飲ませるということは、またああいうことが、いや、もしかしたらあれ以上のことが起きるかもしれないのを想定してのことだろうな。あれは友達とすることじゃない。恋の媚薬を飲んでいる岳は仕方ないとしても、七凪はしらふだ。そこまでして、自分は岳を引き止めたいのか?
答えは、yesだった。
岳を、失うのは嫌だった。
ペットボトルを持つ七凪の手が緊張する。
罪悪感は半端なかった。
白鳥さんと一緒にいた時の岳が脳裏に浮かぶ。彼女を見つめる穏やかな目。
その目が赤く充血し、『なぎ……』と掠れた声を出す。
七凪への生々しい欲望がそこに隠れていた。
普通に女の子が好きな岳を、あんなふうにしてしまった罪は重い。
本来は女の子を抱きしめ、女の子の柔らかくて小さな耳に口づけするはずの岳を、あんなふうに猛る欲望を押し殺し、苦しそうな顔をさせてしまった。
最初に岳が媚薬を飲んだのは事故だったとしても、二回目以降はもう言い訳できない。
岳がこのことを知ったらどう思うだろうか。きっとすごく怒って、『気色悪いことすんな!』って罵られるだろう。殴られるかもしれない。
「岳にバレたら俺、半殺しにされるな」
「誰が誰を半殺しにするって?」
岳の声がして、七凪は文字通り飛び上がった。
ペットボトルを持った手が滑り、グラスと一緒に床に落ちる。
派手な音を立てて割れたグラスの横で、トクトクとベッドボトルが水を吐き出している。
「が、岳、いつの間に来たんだよ」
落ち着け、焦るな。この状況ではまだ何もバレてはいない。
震えそうになる声を、どうにかしゃんとさせる。
「たった今。悪い、玄関開いてたからそのまま入ってきた。で、誰が誰を半殺しにするって?」
岳はしゃがむとペットボトルを拾い起こした。
ボトルにはまだ三分の一ほど水が残っている。岳はおもむろにボトルの口に鼻を持っていく。
「これ、神社の湧き水?」
「んなっ、わっ訳ないだろ。普通のミネラルウォーターだよ」
動揺して声が裏返ってしまった。
「神社の湧き水って、成分に硫黄が入っているのか独特の匂いと味がするんだよな。俺、トレーニングする時いつも飲んでるから」
岳は残ったボトルの水を口に含んだ。
「やっぱり、神社の湧き水だ」
七凪は頭を超高速回転させ、この場をどう切り抜けるか考える。
「なんで嘘ついた?」
「う、嘘なんかついてないよ。そ、それ神社の湧き水だったんだ、知らなかった。てっきり普通のミネラルウォーターかと思ってた」
岳が七凪を訝しんでいるのがビシビシと伝わってくる。
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