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第17話
いつも学校帰りに神社の石段で飲むドリンクにこっそり混ぜたのだと岳は言った。
「マジか……」
七凪の身体からヘナヘナと力が抜けていく。
てことは、七凪が岳の一挙一動に振り回されたあれらの心の揺らぎは、全部恋の媚薬のなせる技だったというのか。
「なんだ、そうだったんだ……、よかったぁ。俺、てっきり岳のことを好きになっちゃったんだと思って」
七凪はハッと口をつぐんだ。
好き。
そう、七凪はずっとその言葉を口にすることをためらってきた。
七凪の岳への心のそれは、まさしく“恋”だったのに。
「七凪、二人で毒を解く方法を見つけるぞ」
「ど、毒?」
「媚薬だよ」
恋の媚薬は異性間では薬でも、男同士の場合は毒になるのか。
「え、でも岳はもう……」
「解けてなんかないさ。あんなことがあったんだ、恥ずかしくて七凪の顔をまともに見れるかよ」
「じゃあ、急に家で夕飯食べるとか、朝も別々に登校しようとか言い出した時のって……」
「聞いてるんだろ、部室での話。あれ見た時、俺、めちゃくちゃ七凪のこと、そういう目で見てるんだって自覚して、これ以上七凪のそばにいたら俺、何するか分からないと思って、だから七凪から逃げようとした。でも七凪が神社の湧き水を汲みに来てるのを見た時、ちょっと焦った、七凪に彼女ができるかもって」
「てことは、媚薬の効力は一度も切れてないってこと?」
「たぶん」
「俺たち一生このままなの?」
「知るかよそんなの、だから解かなきゃだろ」
思ってもみない展開に七凪はそれでもどうにかついていく。
「そ、そうだな」
七凪と岳は力強くうなずき合った。
二人はネットで調べた恋の媚薬の解き方を片っ端から試してみた。
禊(みそぎ)、訳の分からない呪文、盛り塩、などなど。
が、どれもさっぱり効果はなかった。
「こうなったら、デトックスじゃね?」
七凪の提案に岳は「やらないよりマシか」と同意した。
サウナに半身浴、酵素ドリンクにファスティングと、意識高い系女子かと思うほど、二人はありとあらゆるデトックスを試みた。
おかげで肌はツルツル、髪の毛はサラサラ、白目は青く透き通るほどになった。
「なんかこれ逆効果だ。七凪がいっそうキラキラして見える」
「おい、変なこと言うなよ」
と言いながらも、岳の褒め言葉が嬉しくて、七凪の頬が火照る。
七凪は『陰陽道』と書かれた重たい本をよっこらせ、と脇にどけると枕に突っ伏した。
「あー、漢字が多いよう、もう疲れたよう」
結局二人はデトックスでは媚薬は抜けないと悟り、基本に立ち返ることにした。
媚薬といって連想するのはやはり魔術。
二人は都心の大きな図書館まで出かけて行って、それ系の本をいろいろと借りてきたのだった。かれこれもう二時間ほど七凪の部屋で二人は本と格闘している。
岳は七凪のベッドに寄りかかり、『中世ヨーロッパの黒魔術』という、これもまた分厚い本を読んでいる。
「なぁ、俺らの媚薬って神社の湧き水だから、ヨーロッパとかじゃないんじゃね?」
「強力な奴だったら、国は関係なく効果ありそうじゃね?」
「そんなもんかな……」
七凪は真剣な岳の横顔を見つめる。
岳の鼻は鼻筋が通っていて、指先でシュッと撫でたくなる。
お互いがお互いに媚薬を飲ませたと分かってから、今まで以上に二人は一緒にいる時間が増えた。
気持ちを隠さなくていい分、楽になったのはある。まるで付き合いの長いカップルみたいだと七凪は思った。
岳と一緒にいるのは居心地がいい。
「なんかもう、俺たちこのままでもいいんじゃない?」
「は?」
七凪は上体を起こすとベッドの上であぐらをかいた。
「だって俺は媚薬を飲む前から岳のこと友達として好きだったわけだし、岳も同じだろ? 男同士で好き合っても今の日本じゃ結婚できないし、子どもだってできない。ということは、好きでも好きじゃなくても未来は変わらないってことになる。どのみち俺たちはそれぞれいつか女の人と結婚して家庭を持つ。意味合いはちょっと違うけど、ゲイでも家庭を持ってる人いるだろ。だったら、このままでも別に支障はないんじゃないかな」
「それ本気で言ってるのか」
岳は明らかに不服そうだった。
「本気っていうか、このまま媚薬を解く方法が見つからなくて、この先もずっとこうだったら、考え方を変えてこの状況と共存していくしかないだろ」
「共存ねぇ」
岳は大きな音を立てて本を乱暴に閉じた。
「七凪はそれでいいんだな」
ギロリと七凪を睨む。
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