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第23話
七凪はチラリと岳の方を見た。
岳は窓の外に目をやり沈黙を保っている。
同性を好きになるということはこういうことなのだと、七凪は奥歯を噛みしめる。
それが媚薬のせいだとしても、七凪と岳は今、付き合っているも同然だった。これが男と女なら、みんなの前で恋人宣言して、見事二人で沖縄旅行を獲得したのだろうか。
みんなに七凪と岳の関係がバレた時のことを想像して、七凪は足がすくんだ。世の中変わってきたといっても、そんなに簡単じゃない。こういうのは、全く知らない人より身近な人に知られることの方が怖い。
「ってことは、沖縄は悠馬が彼女を作って彼女と行くか、悠馬と七凪の二人で行くかのどっちかってことか」
伊織が話をまとめにかかる。
「俺、たぶん夏までに彼女は無理だと思う」
悠馬は、テヘヘと頭をかいた。
「って、ことは悠馬と七凪の二人で沖縄……」
「ちょっと待った」
伊織の最後の言葉を岳がかき消した。
「やっぱ俺も沖縄行きたい」
えっ!?
突然の岳の宣言に皆驚く。
「じゃ、もう岳で決まりだな、岳だったら今すぐにでも彼女できるだろ」
そう呟いたのは拓人だった。そこへ蓮がおずおずと意見を述べてきた。
「あのさ、できたら一人は七凪にしてもらえないかな。俺がバルバーラちゃんと上手くいったのは七凪のおかげなのもあるから」
七凪というより、七凪の母親のおかげだろうと思ったが、皆は蓮の意見に異存はなさそうだった。
岳と悠馬が顔を見合わせる。
「じゃんけんで決めるか?」
岳から異様な気迫が放電されている。
「お、おう」
悠馬はたじろぎながらもうなずいた。
「三回戦でやろう、最初はグーだ」
岳はまるで、これからすごい魔球を放つピッチャーかのように構えた。
「や、やっぱ俺いいわ」
それを見た悠馬は後ずさった。
「お、俺、海より山派だから、岳に譲るよ」
「じゃあ、沖縄は七凪と岳ってことで」
伊織が笑いを噛みしめながらまとめあげた。
悠馬がボソリと呟く。
「じゃんけんに勝ったら沖縄じゃなくて地獄行きだろ、俺」
帰りにいつもの商店街で、またコロッケをみんなで食べて別れた。
神社の石段に腰かけた七凪は、さっきのことを思い出してふふっと笑った。
すでに日は暮れ、辺りは夜の匂いに包まれている。
「何がおかしいんだよ」
「だってさっきの岳、ムキになった子どもみたいだったからさ」
「悠馬と七凪が二人で沖縄なんて、絶対嫌だったんだよ」
そう言い訳する岳が、また拗ねた子どものようで可愛かったが、それはもう言わなかった。
「でも俺、岳と一緒に日本一の星空を眺められるなんて、めっちゃ嬉しい。岳、沖縄行きたいって言ってくれてありがとう。俺、めっちゃ嬉しい」
七凪はくしゃくしゃの笑みを浮かべる。
「七凪、ちょっとこっち」
岳は七凪の腕を掴むと、神社の大きなイチョウの木の影に引っ張っていった。
「七凪、めっちゃ可愛い」
岳はそう早口に呟くと、深く口づけてきた。
雨の日の夜、初めてキスをしてから、すでに何度か岳とキスを交わしていた。
岳はキスが上手い。
毎回七凪は頭の芯がとろけそうになる。
岳の背中に手を回そうとした時、石段の上で人の声がした。
七凪は咄嗟に手を引っ込め、岳から身体を離した。話声が少しづつ石段を下りてきて、やがてスマホを耳に当てた一人の女性が横を通り過ぎていった。
綺麗な女の人だった。女性はすれ違い様、チラリと二人の方に視線を向け、その目が岳で一瞬止まったのを七凪は見逃さなかった。
よくあることだ。けど……、
ポタリと黒い墨のようなものが七凪の胸の内側に落ちる。
本来岳とこういうことをするのは、ああいう綺麗な女の人なのだ。
女性がつけていた香水の香りなのか、ふんわりと甘い香りが空気に混じっていた。
そのせいか、七凪の呼吸する分の空気を香りに奪われたように、七凪は息苦しさを感じた。
都会の貧弱な星空に救いを求めたが、梅雨の晴れ間はすでに厚い雲にその場を譲り渡し、七凪のシリウスは今もまだ地球の裏側だ。
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