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Prologue
三毛猫がいた。
春休み、人の気配は無く、静まり返った高校の、体育館裏。
音もなく、軽やかに歩く。
白いローブを纏った者がひとり、猫の後をついて行く。
やがて、地面に刻まれた複雑な文字と共に、体育館倉庫をぐるりと囲む円環――ところどころに濃ゆい橙色の粉末が落とされている――の前で立ち止まり、しゃがみ込んだ。
円環の縁に手を置き、詩を詠 う。
「来たれ、来たれ森の女神
我は求めん、蔦の結びの強さを
その揺れぬ意思を
来たれ、来たれ狩人の男神
我は求めん、境界を隔て
守り通す強さを……」
響く、単調な旋律の繰り返し。円環が、ぼうっ、と橙色に光る。
しばらく手をついたまま、様子を窺う。
「……よし」
立ち上がり、一歩、後ろへ下がる。円環は光を保ったままだ。懐中からベルベット生地の巾着を取り出す。
鈍色の粉を一掴み。光を放つ円環の、更に外側に準備していた円環へそっと落としながら、少しずつ歩みを進める。
猫は、ローブを纏う者の後ろを歩く。
尻尾を、ゆうらりと揺らしながら。
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